いれんちが開いたら

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いれんちが開いたら

「今年はいれんちが開く気がするねん。やから怖いんよ」  大学生だった私が、塾講師のバイトをしていた頃の話。  塾の生徒で中学生のA君とはよく雑談をしていたが、そのA君から改まって相談を受けた。A君は、塾のある町からやや離れた集落に住んでいる。その集落の秋祭りが翌週に催されるという時だった。  祭りには、小学生から中学生くらいの子どもも参加するという。夕方には神輿行列を終え、大人達は集落の山の中腹にある神社で翌朝まで宴会をするのだが、そこに子どもも加わることができた。  とはいえ大人の宴会にいてもつまらないので、しばらくすると子ども同士で遊ぶことになる。夜になり小学生が帰宅すると、残った中学生らは山の頂上を目指し、そこで日の出を見ようとするのが恒例だった。  しかし毎年、頂上にはたどりつけない。  山といってもさほど高くもなく、頂上へは登山道が一本のみ。迷うはずもないのだが、昔から何故か行けないのだ。いくら進んでも頂上は見えてこず、結局、引き返すことになる。  中学生らもそれは承知で、「今年は行けるかな」、「やっぱり今年も無理だったな」という予定調和となっていた。  その山の頂上付近を、集落では「いれんち」と呼んでいる。  大人達によると、「いれんちが閉じている」ときには行けないのが当然で、むしろ行けたらそれは「いれんちが開いている」ということであり、その方が問題なのだそうだ。  A君の相談は、何故か今年はそこに行けそうな気がして怖いというものだった。私は気楽に「大丈夫だよ」なんてことを言ったんだと思う。  祭りの翌週から、A君は二週続けて欠席した。上司の社員講師にそのことを報告するが、さらにその翌週も来ない。さすがにおかしいと再び社員に申し出ると、彼はさらりと「Aはもう来ないから」と言う。 「え?私から連絡してみましょうか?」  と驚くと、普段は温厚な社員が「もういい、Aはいいんだ!」と怒りだした。  通常、退会を希望する生徒には面談などのフォローをするのだが、今回はあきらかに様子がおかしい。その場はやり過ごしたが、後になってどうしても気になり、翌日、私は直接A君の家に電話をかけてみた。  電話口、まだこちらが話している最中に、A君の母親と覚しき女性は突如、 「何なんですかあなた!あの子のことは、はもういいんです!」  と怒鳴ってわっと泣き出し、そのままブツリと電話を切った。
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