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1.ちぎれたノート
〈ねえ、あなたに触れていいかな。
〈あなたのこと、好きだと言っていいかな。
〈俺を見て。
〈俺に触って。
〈俺はあなたのものだから。
〈あなたも俺のものだと言ってほしい。
◆◆
「なに、これ」
「ちょっと!離せよ!!」
集中して書いていたせいで、気づくのが遅れた。
俺が机に広げていたノートを、あいつは取り上げた。
それは、昨夜遅くまで書いていた話の一部だ。
ほんの少し。
授業が始まる前に、思いついたところを書いておきたかった。
「『触れていいか⋯⋯』」
「やめっ⋯⋯!」
相手の長い腕に掴みかかる。
俺よりも背が高い男が、自分の頭の上に、さっとノートを掲げた。
慌てふためいた俺は、とれるはずもないのに必死で両手を伸ばす。
「返せ、孝也!返せよ!!」
「おっと」
孝也は、焦る俺を面白そうに眺めながら、ますます高くノートを持った。
運動神経のいい孝也は、かわすのがうまい。
ぴょんぴょんと跳ねるような格好になって必死な俺の様子は、さぞ無様だろう。
「おおー?何してんのー?」
孝也と仲のいい奴らが寄ってくる。いい獲物を見つけたとばかりに。
「返せ⋯⋯!!」
俺は必死だった。ノートを見られるわけにはいかない。
間にあった机と椅子が、ガタガタと音をたてて倒れる。
孝也が椅子をよけようとバランスを崩した拍子に、俺の目の前でノートが揺れた。
今だ!!!
俺の手がノートを掴み、孝也が取られまいと力を込めたのは、ほぼ一緒。
ガタンッ!
倒れる椅子の音と。
ビリビリと激しく破れる紙の音は同時だった。
「あ⋯⋯」
教室の中は、静まり返った。
引っ張り合って、ぐしゃぐしゃになったノート。
裂けた紙片。
細かくびっしり書き込んだ文字が滲んでいく。
「あ、ごめ⋯⋯。そんなつもりじゃなくて⋯⋯」
何か言ってる。
でも、よく聞こえなかった。
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