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「澄水くん」
「上次さん」
上次さんから連絡が入ったのは翌週のことだ。
高校生にはとても入れないようなオシャレなカフェに誘われた。
広々とした店内に、形の違う一人掛けのソファがゆとりをもって配置されている。
ぼくたちの御馴染みのマックとは、大違いだ。
渡されたメニューの下に小さく書かれている料金に目が丸くなる。
とても、ぼくの小遣いじゃ払えない。
「ぼ、ぼくはアイスティーで⋯⋯!」
上次さんが、眉を顰める。
「甘いもの、好きでしょう?何でも好きなもの、頼んでいいんだよ」
返事をしないでいると、勝手にメニューを決められた。
「ここのお薦めはナポレオンパイなんだ。大きいけど、高校生なら食べられるでしょ」
店員を呼んで、てきぱきと注文する。
サクサクのパイに、ツヤツヤの苺。滑らかなカスタードクリームの組み合わせは、ビックリするほど美味しい。確かに大きいけれど、これならいける。
パクパク食べているぼくを見て、上次さんは楽しそうに微笑んだ。
「今日来てもらったのはね。⋯⋯澄水くんに、聞きたいことがあって」
「体なら、おかげさまで元気です」
「いや、そうじゃなくて。嫌なことを思い出させてしまうけど。よかったら⋯⋯教えてほしい」
とても聞きづらそうに、言葉を選んで話す。
「澄水くんとぶつかった時。ぼくは車を降りて、すぐに警察と救急車を呼んだ。
あの時、君は。ぼくの見間違いでなければ、人込みに向かって、首を⋯⋯振ったんだ。そして、通り魔が、って呟いた。僕はそれを、警察に伝えた。澄水くんはその後、気を失ったんだけど」
上次さんは、ずっと、ぼくの耳元で意識を保つよう呼びかけてくれていた。
「あの人込みの中に、通り魔がいたんだと思ったんだ。逃げたんだ、と思ってた。でも、それと首を振った動作が何だか⋯⋯変な気がして」
「よく、覚えていません。今でも、思い出せなくて」
「⋯⋯そうか。ごめん。何だか、気になって」
上次さんは、何度も謝ってくれる。
真っ青な顔が、ライトに浮かんで見えたから。
首を、振った。
──来るな。
ぼくを襲ったのは、通り魔だ。
お前じゃ、ない。
「ごちそうさまでした」
「澄水くん、あの!」
「また、誘っても、いいかな」
「え?⋯⋯うん、たまになら」
上次さんは、満面の笑顔になった。
遠野の泣き顔がふっと浮かぶ。
──いつか、笑顔で会えるだろうか。
いつか、また。
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