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「あーあ。孝也、なにやってんだよ」
「みちるちん、かわいそー」
わらわらと人が寄ってくる。
やめろ、来るな。
胸の中が熱くて、痛くて。
息が上手くできない。
ぼたぼたと、熱いものが手のひらに落ち、シャツに染みを作る。
「みちる⋯⋯」
すぐ近くで、孝也の声がした。
ノートと、床に落ちた紙をぐちゃぐちゃにつかんで。
俺は、後ろも見ずに駆け出した。
「みちる!待って!!」
確かに孝也の声が聞こえたけれど。
そんなことはもう、どうでもよかった。
授業中の屋上には誰もいない。
校庭からは、トラックを走る生徒たちの賑やかな声。
真っ青な空には真っ白な雲が流れてゆく。
シャツに学生服のまま、コンクリの床に寝転がった。
服は埃や砂だらけ。でも、もう、どうでもよかった。
抱きかかえたノートの間には千切れた紙片が挟まっている。
細かく書いた文字の一部は滲んで読めなくなっていた。
こんなことなら、学校で続きを書こうなんて思わなければよかった。
文芸部の部誌の締め切りまであと少し。
ずっと考えていたシーンが、ようやく書けたのに。
もう、教室には行きたくない。
授業をさぼった。
みんなの前で泣いた。
ちくしょう。
こんな、ぐちゃぐちゃな心を抱えたやつはどこにもいない
世界中で一番、自分がちっぽけでみじめだった。
もう出ないはずの涙がさらに零れた。
ギギィ⋯⋯。
屋上の扉を開ける音がする。
「みちる!」
はあはあと、荒い息をついて。
屋上にやってきたのは、孝也だった。
今、一番会いたくないやつ。
孝也は俺を見つけると走ってきた。
「ごめん!」
「⋯⋯⋯⋯」
俺は寝転がったまま、顔をそむけた。
口なんか、聞いてやらない。お前なんか大嫌いだ。
俺の隣に、孝也がしゃがみこむ。
学生服が埃だらけになるぞ。
お前の母さんが、服の汚れにうるさいのをよく知ってる。
孝也の気配が近づいて、俺の髪に長い指が触れた。
おそるおそる、まるで怖がるように。
「さわんな」
びくりと、手が止まった。
俺は、伏せていた顔を上げた。
「お前なんか、大嫌いだ」
はっとしたように端正な顔が歪み、伏せたまつ毛が震える。
どんな切なげな声を出しても、聞いてはやらない。
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