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番外編 遠野
繰り返し、夢に見るんだよ。
倒れた白い横顔。
眩しく光るライト。
救急車のけたたましいサイレン。
──来るな。
そう告げた、強い瞳。
いつか、許してもらえるだろうか。
後悔とない交ぜのこの気持ちを。
いつか、忘れることができるだろうか。
◆◇
「遠野先輩!」
「早瀬」
「今、ゆちが未散先輩に原稿読んでもらってるので、おれの話、下読みしてもらえませんか?」
「いいよ」
1年の早瀬が、はねた髪のまま勢いよく飛んできた。
放課後の部室は、活動日とあって賑わっている。
文芸部の1年生は7人いる。その中で、牧村早瀬と東条由千の二人は、小柄な背格好によく似た茶色の髪で「どんぐり」と呼ばれていた。二人は仲が良くて元気がいい。高校生と言うよりは、まだまだ中学生のイメージだ。見ていると、なんだかこちらまで和んでしまう。
由千はまるで少女のように可愛い顔をしているが、早瀬はよく動く瞳と素早い動きが子リスのようだ。
俺が早瀬の作品を読んでいる間、じっと座っているのも辛そうで、笑ってしまう。
「全体的にまとまっていて、いいと思うよ。ここの描写をもう少し掘り下げたらどうかな⋯⋯」
いくつかアドバイスすると、安心したようにほっと息をついた。
「そう言えば、未散先輩って双子なんですね!」
「⋯⋯え?」
「おれたち、あ、おれと由千なんですけど。ぜんっぜん知らなくて!先週、二人で映画見に行ったんですよ。近くのモスに未散先輩がいるーって声かけたら、別人でびっくり!」
『みちるは、兄だよ。ぼくは、弟のすみ』
「未散先輩と同じ顔なだけあって、きれいな人だったな。先輩、未散先輩と仲いいから会ったことありますか?」
早瀬のよく動く瞳には、明るい好奇心しかない。
ドクドクと破裂しそうな、この胸の音が届きはしないだろう。
「⋯⋯ああ、あるよ」
何度も。
──とおの
その声を想うだけで、今も心が悲鳴を上げそうだ。
「遠野」
部屋の端で由千の作品を読んでいた未散が、こちらにやってくる。
「読み終わったのか」
「うん、由千も頑張ってた。早瀬のは?」
「読み終わった。何か所か、もう少し考えてみるって」
「12月の締め切りまで、なんだかんだで、あっと言う間だからなあ」
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