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「みちる」
いつの間に眠っていたのだろう。
心配そうに、声がかかる。
「遠野」
「聞いたよ、ノート破かれたって。大変だったね」
サラサラとした前髪の下から覗く茶色の瞳は、いつも穏やかだ。
すらりと伸びた手足、柔らかな雰囲気を湛えた彼。
3年が引退して、文芸部の部長は全員一致で遠野に決まった。
「⋯⋯今、何時?」
「12時半。昼休みになったから、ここにいるかと思って飛んできた」
購買でパン買ってきたよ、と紙袋を見せて笑う。
「遠野、だいすき!!」
起き上がって、遠野にがばりと抱き着いた。
「あついんだけどー」
遠野が笑う。
よしよし、と髪を撫でてくれた。
焼きそばパンにコーヒー牛乳を飲みながら俺は言った。
「今日はもう俺、ここで小説書いたり本読んだりする」
「そうか、わかった」
遠野が授業に戻ると言うので、昼寝をしようと、俺はソファに寝転んだ。
「じゃあな」
「うん」
遠野が出て行こうとした時、部室の戸が、がらりと音をたてて開いた。
「何の用だ?」
遠野の静かな声が響く。
「ここに来れば、みちるがいるかと思って」
──孝也だ。
「みちるは、そこで寝てる。さっきまで、ずっと泣いてた」
──え、泣いてないけど。
俺は、慌てて寝たふりをした。
「お前、みちるの小説を破ったって?」
「あれは、わざとじゃ⋯⋯」
「孝也。みちるが今、どんなに頑張ってるか知らないのか」
「⋯⋯⋯⋯」
「もうすぐ、文化祭に向けての特別号を出す。うちの文芸部は有名な作家も出てて、OBたちが部誌を買いにくる。みちるは、部員をひっぱりながら頑張ってるんだ」
「⋯⋯⋯⋯」
「兄弟なら、助けてやれよ」
「⋯⋯わかったよ」
悔しそうな声だ。
普段、もの静かな遠野に、ここまで言われるのは嫌だろう。
「遠野。お前、みちるの世話、やきすぎじゃないのか」
「孝也には関係ないだろう」
遠野の言葉がひんやりと響く。
「すみと付き合ってる、お前には」
すみ。
その名前を聞くだけで、口からドロドロしたものが溢れそうだ。
俺は、寝返りを打つふりをして、何も聞こえないようにソファに耳を押し付けた。
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