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4.兄弟
「すみ。寝てるのか」
ベッドに横たわる白い顔に話しかける。
1カ月前。すみは、学校から帰宅途中に通り魔に襲われた。
追われて、慌てていたのだろう。
路地から飛び出して車とぶつかった。
左手足の骨折で済んだが、頭を打ったためか、記憶の一部が混濁している。
事故によるショックとストレスは大きかった。
まつ毛が震えて、すみの目が開く。
「⋯⋯みちる?」
「うん。気分はどう?今日は、すみの好きなぶどうゼリー持ってきた」
「本当?嬉しい。大丈夫だよ。退屈だから、すぐ寝ちゃう」
すみは、にこにこと笑う。
あどけない子どもの頃のままの笑顔で。
ぶどうゼリーの蓋を開けて、スプーンと一緒にすみに渡した。
寝ている間に筋肉が落ちて、ほっそりとした手が痛々しい。
俺は、ぽつりぽつりと最近あったことを話す。
すみが言う。
「ねえ、みちる。⋯⋯お父さん、結婚したんだよね?」
「⋯⋯うん」
「みちるには、新しいお母さんと、お兄さんができたんでしょう?」
「⋯⋯うん」
お兄さん。その言葉に、心がじくりと、痛む。
「なんだか、寂しいな」
「さびしい?」
「うん。だって、他に兄弟が出来たら、ぼくだけのみちるじゃなくなっちゃうもん」
ゼリーを食べながら、大きな瞳がふるりと震えた。
「ずっと、ぼくだけのみちるでいてほしいのに」
息が、止まりそうになった。
すみはもう、俺のことなんか、どうでもいいと思ってたのに。
孝也さえ、いればいいと思ってた。
「そんなこと、ないよ」
「ふぅん?」
「俺の兄弟は、お前だけだから」
すみが、花が咲くように笑った。
病院から帰ると、すっかり夜だ。
病院の夕食は6時半からで、面会は8時まで。
俺が行くと、すみはずっと一緒にいてほしいと言うから、結局、面会時間の最後までいることになる。
孝也には、スマホで連絡しておいた。父母は、今日も仕事で遅い。
もう皆、先に寝ていてくれたらいい。
夜空の星がきらきらと瞬いている。
星は一緒に輝いているように見えるけれど、一つ一つの距離は遠い。
俺も、あの星みたいに。
遠くに行きたい。
⋯⋯ぽつんと一人だけ遠く、誰も知らないところに行けたら。
「遠くに、行きたい」
おもわず、つぶやいた。
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