わだち

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わだち

 黄金色の太陽が、天高く輝く夏の一日。  燦々と降り注ぐ強烈な日差しがじりじりと大気を焼く中、砂塵を巻き上げながら荒野を進む影があった。  四つの車輪の上に二人分の座席と荷台を乗せたその乗り物は、大崩壊前に作られた前文明の利器だ。  土砂崩れによって露になった遺跡の奥から持ち出した、数百年落ちの四輪バギー。黄色い塗装が剥げて鈍色のフレームがむき出しになったボディーを、プラズマバッテリー駆動のモーターが、力強く運んでいく。  ロストテクノロジーとなった高性能サスペンションとスポットエアクーラーのおかげで、ドライブは快適そのものだった。  遺跡の中からこの愛車を引っ張り出して早三ヶ月。ハンドルを握っているシグマは、誰もいない荒野を疾走する楽しさを満喫していた。  荒野である。  グゼル大平原と名付けられたこの地に人気(ひとけ)はなく、大型生物の影もない。  なだらかに隆起した大地が遠く地平線まで続き、岩や灌木が点在し、たまに思い出したかのように、小さな泉の周りにだけ草地が存在していた。  警戒しなければならないのは、地下に広がる大地底湖だった。湿気は地面の下から少しずつ、気の遠くなるような時間をかけて土を蝕んでいく。槌を叩き下ろすだけで、轟音を立てて崩れる落ちる場所もあるのだ。  土は脆く、頼りなく、痩せていて、人が棲むには(いささ)か難のある土地だった。しかしそれでも、人は歩く。広大なグゼル大平原、時にグゼル大荒野などと呼ばれる大地にも、たしかに道は存在していた。  道と言っても、石で舗装されているような上等な道路ではない。この地を通る無数の人々の足が、車輪が踏み固めてできただけの、ただの線だ。  それはか細く貧弱で、ともすれば一撫でで消えてしまいそうな儚い線ではあったが、それでも紛れもなく、この地で唯一旅人を導いてくれる道だった。  何年も、それこそ大崩壊前の古き時代から、西へ東へと行き交ってきた先人たちの旅の軌跡。  彼らの残したその道標に、今日もまた新たな線が刻まれていく。
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