わだち

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「ねぇ、シグマ」  バギーの助手席に収まっていたカノンが、シグマの腕を叩いた。  よく日に焼けたシグマの(あかがね)色の肌とは違い、その小さな腕は小麦色の毛に覆われている。手指の形も、シグマのそれとは違って短く丸く、桃色の柔らかな肉球を備えていた。そして頭頂部には、狼の耳。  ヒトの大人用に作られたシートは、彼女には大きすぎた。  背もたれには大きなクッションが括り付けられていて、彼女はその中にすっぽりと納まるようにして背中を預けていた。  まだ(とお)になるかならないか、背丈の小さなカノンの足は、フットレストまで届かずに宙に浮いている。  ぷらぷらと爪先を揺らして遊びながら、カノンは運転席のシグマを見上げた。 「シグマ、シグマ」 「なんだい、カノン」  道の先を見据えたまま言ったシグマの方に、カノンはシートベルトを引っ張ってぐっと身を乗り出した。彼に見てもらいたいものがあったのだ。  子供のカノンが大人のシグマの顔の高さまで手を挙げるには、全身をいっぱいに使う必要があった。腰から生えた尻尾も使って、器用にバランスを取りながらぐっと手を伸ばす。 「つかまえたの!」 「うん?」  嬉しそうなカノンの声を聞いて、はて、とシグマが首を傾げた。荒野を走るバギーの車上で、いったい何を捕まえたというのだろう。  ハンドルはまっすぐ握ったまま、シグマはちらりと視線を横に投げて、カノンの手の中にある物を見た。 「何を捕まえっうぉおおああああああ!!」  シグマの顔のすぐ傍に、ずい、と突き出されていたのは、黒と黄色が体表に攻撃的な縞模様を描いている昆虫だった。くりっとした複眼と、強く大きく発達した顎、それからおしりの先から突き出す針が特徴的だ。  カノンの右手親指と人差し指に背中側から掴まれてしまい、身動きが取れなくなっているその昆虫は、何とかこの場から逃れようとしているのか、六本の節足をじたばたと動かしてもがいている。  シグマは思わず仰け反ろうとしたが、しっかりと作動したシートベルトの非常固定機構がそれを許さなかった。  至近距離で黄色い彼と見つめ合いながら、彼のおしりの先から伸びる針を見て頬を引きつらせながら、シグマは叫んだ。
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