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「ばっ、おま、蜂ッ! 針ッ!」
「飛んできたからね、つかまえたの」
「わーっ! そうかすごいなさすが獣人! わかった! わかったからこっちに向けるな近付けるな! さっきからおしりの針が出たり引っ込んだりすっごい自己主張してて危ないんだよ!」
カノンはニコニコと笑っているが、シグマの方はいつ刺されやしないかと気が気でなかった。
ガタイの良い強面の男だって、針で刺されれば痛いのは同じだ。「自分、刺せます」と全身で主張している蜂を目の前にして、平然としていられるはずもない。
そんな彼の体を、がくん、とひときわ大きな揺れが襲った。
「ってうわあああハンドルぅ!!」
慌てて視線を戻してみれば、道から外れたバギーは岩に正面から突っ込もうとしていた。無意識に揺れた腕によって、ハンドルが動いていたらしい。
ブレーキペダルを踏みしめながら、めいっぱいハンドルを切る。シグマは、必死に歯を食いしばっていた。
「きゃーっ!」
「うおおおおっ!?」
急ブレーキと急カーブによって生じた衝撃と慣性と遠心力が、二人の体を大きく揺さぶった。だが、反応は対照的だ。楽しそうに歓声を上げるカノンと、全身を強張らせてハンドルにしがみつくシグマ。
やがてバギーがなんとか停止したとき、蜂を握ったまま手を振って喜んでいるカノンの横で、シグマはぐったりと脱力していた。
「……し、死ぬかと思ったぜ……」
「今のすごかったね! ね、ね、また今度やって!」
「ああ……そうだね……十年後くらいにね……」
呼吸を整えるシグマの青い顔など意にも介さず、カノンがシートベルトを外した。
小さな獣人の少女は、シートの上に膝立ちになってシグマの方を向く。
「シグマ、それでね、これなんだけどね」
「あー、うん、蜂だね。元気な蜂だね。俺こういう虫は元気なのよりも、こう、かわいくて無害なやつの方が好きだけど」
カノンの右手にがっしりと捕獲されたままの蜂は、先程よりも大人しく、それどころかこころなしかぐったりと脱力しているようにも見える。
あれだけ揺られればこうもなるよな、と、その様子に妙な親近感を覚えてしまうシグマだった。
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