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 いつものように夜勤の仕事を終えて帰宅する途中、なぜか無性にコンビニのホットスナックが食べたくなった。どのコンビニでもあるというわけでなく、牛のアイコンが特徴的なコンビニでしか取り扱っていないものだ。味付けにいくつかのバリエーションがあり、その中でもピリ辛味が好きだった。そのコンビニは自宅への帰り道にはないので、少し遠回りになるが寄り道することにした。  コンビニへ到着するとすぐに、アルコール度数の高さだけが取り柄の缶チューハイと一緒にお目当てのホットスナックを買った。レジで会計を済ませて店を出る。そしてそのまま駐車場へと向かい、自分の車へと乗り込もうとしたところでふいに声をかけられた。 「あの…すみません。先ほど車をぶつけてしまいました」 「えっ?はい?」 「完全にこちらの不注意です。ご迷惑をおかけして大変申し訳ありません。すぐに警察を呼びますので、少々お待ちいただいてよろしいでしょうか」 そう言うと、男はとてもかしこまった態度で何度も頭を下げた。その見た目は、態度もさることながら、実直で真面目な性格なんだろうと簡単に推測できるほど誠実な雰囲気を身にまとっている。  髪はテカリのある整髪料をつけた、ややツーブロック気味のオールバック。ネイビーのスーツ上下に皺のない白のワイシャツ、そこへブラウンのペイズリー柄のネクタイだ。革靴もしっかりと手入れがされており光沢を放っている。  いきなり話しかけられたことに動揺したが、説明を聞くと、どうやらこの男はコンビニの駐車場へ入ってきたときに、停車していた俺の車に軽くぶつけてしまったようだった。  こんな出会いでなければ、印象のとおりに仕事のできそうな人だと思ったに違いないが、いまこの瞬間の印象は『コンビニの広い駐車場で車をぶつけてきたまぬけやろう』だった。  佐原は込み上げてくる怒りを抑えるように髪をかきむしった。とんだトラブルに巻き込まれたものだ。車のダメージは大したことはないのだが、精神的ダメージはなかなか大きいものだった。なにより、もらい事故ということが許せなかった。自分の不注意によって起きてしまった事故であれば素直に反省できる。しかし、全く予期しないタイミングで、しかも大型トラックですら駐車できるほどのスペースをもつ駐車場であるにも関わらず、帰宅する直前のこのタイミングでぶつけられてしまったのだ。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いとはよくいったもので、相手が誠心誠意謝罪したところで佐原の気持ちが収まる事はなかった。  その後しばらくして警察が到着し、簡単な状況確認と実況見分を行った後、過失の割合が大まかに見えたところで帰っていった。その時点でコンビニでレジを済ませてから一時間以上経過していた。 「あとは保険会社から連絡がいくかと思いますので、お手数おかけしますが宜しくお願いいたします。この度は大変申し訳ございませんでした」 「もういいです。わかりましたから。それじゃ」  ようやく開放された佐原だったが、思わぬタイムロスに辟易していた。もともと予定はなかったので、あとは家でゆっくりするだけではあるが、その貴重な時間が削られてしまったことが無性に腹立たしかった。人間は誰だって間違いを犯すことがあるのだから、彼をそんなに攻めても仕方がないことは理解しているが、ふつふつと湧く怒りの感情がどうしても拭えない。それでも気持ちを鎮めるかのように深くため息をつくと、車に乗り込み自宅へとハンドルをきった。  どこにでもある何の変哲もない六畳のワンルームが佐原が唯一リラックスできる空間だった。洗濯機や冷蔵庫などはあるものの、それ以外の家具はほとんどなく、万年床の上が定位置だった。コンビニで買ったものを床に適当に投げ出し、テレビの主電源をつける。主電源から切らないと気持ち悪さを感じてしまう性格なので、リモコンはチャンネルを変えるときくらいしか使わない。テレビにはインターネットの動画配信サイトのトップページが表示されていた。いわゆるテレビ番組はほとんどみないので、テレビにパソコンを繋げてモニタ代わりにしている。ゲームの実況動画などを観ながらただぼーっとタバコを吹かすのが好きだった。  早速タバコに火をつける。もはや病的にニコチンを摂取している自覚はあるものの止められない。常にタバコを口に咥えていないと落ち着かなくなっている。ただこうしているだけで、気持ちが落ち着き頭が冴え渡るような感覚を味わうことができるのだ。今日一日を振り返る。さっきの事故がなければ今日はいつもと変わらないありきたりな一日だった。かといって今日が特別な日かといえばそうでもないように思えてしまう。事故なんて滅多にあることじゃ無いのに、思いの外こんなにも刺激にならないものかと驚く。どうしたら刺激的な毎日になるのだろう。心の底から望んでいるわけでは無い。しかし、ついそう願ってしまう自分がいるのは確かだった。  今年で三十歳になるにもかかわらず、アルバイトをしていることに肩身の狭い思いをしていないわけではない。さらに独身であることが惨めさに拍車をかけている部分もあった。こんな状況を変えたいと思うこともあるが、そう簡単に変われるのであれば誰も苦労しないだろう。結局何もできず何も変わらないまま時間だけが過ぎていき今に至っている。この日は仕事と事故のことで疲れが重なったので、簡単にご飯を済ませておとなしく寝ることにした。
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