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 目覚まし時計がヒステリックな女の叫び声のようなアラーム音を轟かせている。眠っていた脳がなんの前触れもなくいきなり叩き起こされ、非常に不愉快だ。毎日こうして不自然に起こされていると、寿命が着実に減っていっているのではないかと思う。一度導入がゆっくりとしている目覚ましアプリをスマホで設定したことがあるのだが、まんまと寝坊したため、再び目覚まし時計に戻した。  佐原恭司はスイッチを押してアラーム音を消した。寝ぼけ眼をこすりながら、霞んだ目をこらして枕元にあるはずのタバコに手を伸ばす。  毎日こうしてタバコを探すことが寝起きの日課になっていた。というよりも本能的にしてしまっている行動ではあるのだが、何故寝起きにタバコを吸いたくなるのか自分でも不思議に思うことがある。どういうわけか、まだ覚醒していない身体にタバコの煙はとても染みるのだ。寝起き特有のボーッとした頭がさらに煙によって膜が張られるかのように曖昧な感じになる。不思議なもので、その感覚を味わうことで立ち上がる気力が湧いてくるのだった。まさに儀式である。  しかし、今日に限っては様子が違った。いつもの位置にあるのはタバコの抜け殻だった。佐原はいざ吸おうとしたときにタバコが切れているのが嫌でたまらないので、普段からなくなりかけた時点でもう一箱予備として持っておくようにしていた。もはや病的であることは自覚しているが、やめられない。そのくらい佐原にとってはタバコを吸うという行為が重要なことだった。まして、寝起きに身体を動かすためのスイッチでもあったので欠かすことはできない。にも関わらず、この状況というのは間違いなく失態だった。  寝起きから最悪の気分だ。とはいえ、仕事の時間が迫っている以上このままうだうだしているわけにもいかない。叫びたくなる衝動を抑えつつ、ゆっくりと身体を起こすと身支度を始めた。
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