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4 光陰矢の如し
「人混みは苦手だ」
「立花さんにも苦手なものがあるんですね」
「まったく人をなんだと思っておる」
「でも、誘ってきたのは立花さんのほうですからねっ」
「うっ……」
――9日間に及ぶ被験者体験の成果――。
①立花さんの取り扱いが格段に上手くなった。
②血中CK値が正常値まで下がった。
③適度な運動で2キロほど痩せた。
自称死神である立花さんの科学的アプローチは見事成功を収めたようなのだ。そして、その報酬として睦山神社の夏祭りの参加を求められ、今日に至るのだった――。
時刻は午後6時。
神社の周囲は木々に囲まれ、先ほど降った夕立のおかげで暑さはまったく気にならなくなっていた。それに、雨上がりのこの匂いが俺はたまらなく好きだった。
「立花さんの藍色の浴衣、とても似合ってますよ」
「そ、そういうのは彼女に言ってやってくれ」
めずらしく照れているようだった。
「俺、彼女いませんので」
「本当か?」
「ええ。今までずっと……強いて言えば幼馴染がいたくらいです」
「おー、あっちに金魚すくいがあるぞ」
立花さんは小走りで行ってしまった。
今の話、ちゃんと聞いていましたか?
すでに3匹の金魚が器の中にいた。
「すごいですね」
「まだいけるぞ」
「立花さん。ここの端にいる黒い金魚、さっきから全然動いてないですよ。チャンスです」
「実は私もこいつを狙っている。今、呪いをかけたところだ」
「それで動かないんですね」
「いや、今のはただの冗談だ。本気にするな、よっ」
華麗に黒い金魚をすくってみせた。
「これが限界だな」
破れかけのポイをゴミ箱に投げ捨て、金魚の入った袋を受け取ると頭上にかざし、戦利品をしばらく眺め続けた。どうやらご満悦のようだった。
「次、行くぞ」
射的と書かれた夜店に一直線で向かって行った。
なぜ走る? またもや後を追いかける形となった俺に射的銃が手渡された。
「あれを取れ」
俺がやるの? 確率論的に――つまりは自信がないのだが。
立花さんが指差す先には金魚鉢が。これはなにかの罠か?
「無理ですよ。仮に命中したところで落ちっこないですって」
「やれ」
目が据わっていますよ。怖い。
仕方なく片目をつぶり狙ってみる。打つ瞬間には両目をつぶって、運任せで撃ったそれは金魚鉢の上部ぎりぎりに当たり、あろうことか反転しながら落下した。
立花さんは両手を叩いて喜んでくれたまではよかったのだが、景品を手に取ると明らかに落胆していた。
「なんだ、プラスチック製だったのか」
「ガラス製より軽くていいんじゃないですか?」
奇跡が起きるには、それなりの理由ってものがあるものだ。
「それもそうだな……」
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