プロローグ ③

1/1
前へ
/100ページ
次へ

プロローグ ③

 葬式の会場を出たのは間もなく16時という時間だった。  実家に向かうために停留所でバスを待つ。  父の死を機に、母は僕を連れて大阪から実家に戻ることにした。  だからここ神戸は、母の故郷でもあり、僕の故郷ともなったわけだ。  この路線のバスの利用は、高校の通学以来だった。  ほぼ時刻表通りにやってきた懐かしいその色合いに、自然と微笑んでしまう。  停車したバスからは、学生服姿の若者たちが談笑しながら降りてくる。  見覚えのある制服は、僕が通っていた高校のものだった。  一瞬、空気の色が変わったように感じる。  その瞬間を切り取るようにゆっくりと瞬きを一つ。  それから、僕はバスに乗り込んだ。  最後部の座席が空いていたので、そちらに向かい腰を下ろす。  就職のために、この地を離れておよそ10年。  この路線を利用していたのは一昔ということだ。だが、窓から見える景色に大きな変化はないように感じた。  数分の間、懐かしさに浸っていると、不意に身体が衝撃を受けた。  急ブレーキだ。  その拍子に、すぐ前に座っていた女子高生が、鞄の中身を辺りにぶちまけてしまった。  彼女は慌てて散らばった教科書やノートを拾い始める。  それに気づいた乗客たちも、座ったまま動ける範囲でそれらを拾い、持ち主に渡している。  こちらには何も飛んでこなかったようなので、僕はその様子をただ眺めていた。  数秒で鞄の中身は回収できたようだ。  女子高生は無言でぺこぺこと、手を貸してくれた人たちに感謝の意を示している。  間もなくバスは動き出した。運転手の方を見ると、車内アナウンスのためのマイクを手にしたようだった。  だが、それを口元に持って行ったものの、結局何も言わずに元の場所に戻した。  急ブレーキの理由は乗客に伝えるべきではないのか? そう思ったが、それをとやかく言う人は誰もいなかった。僕も気に留めないことにする。  次の停留所を伝える録音されたアナウンスが流れ、前方の電光掲示板にそのサインも出た。  僕が降りるのは更に二つ先の停留所である。そのことを何となく頭の中で確認したとき、先ほどの女子高生が立ち上がった。どうやら次で降りるらしい。  彼女は前方に向かい、少しふらつきながら歩きだす。  精算機の前まで移動する頃にバスは速度を落とし始める。  そして停車。  開く自動扉。  彼女は運転手に定期を見せてバスを降りた。  彼女に続いて数名降りた後、バスは再び走り出す。  その進行方向に早足で歩くその女子高生を、バスはあっという間に追い越したのだった。  その横顔を見て、ふと、誰かに似ているな、と思った。  でも誰だっただろうか? そんな発想が、僕を更にノスタルジックにさせる。  幼い頃から学生時代にかけての、好きだった女の子の遍歴を辿ってみる。思考が自然とそうなったのだ。  ゆっくりと。じんわりと。  
/100ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加