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プロローグ ③
葬式の会場を出たのは間もなく16時という時間だった。
実家に向かうために停留所でバスを待つ。
父の死を機に、母は僕を連れて大阪から実家に戻ることにした。
だからここ神戸は、母の故郷でもあり、僕の故郷ともなったわけだ。
この路線のバスの利用は、高校の通学以来だった。
ほぼ時刻表通りにやってきた懐かしいその色合いに、自然と微笑んでしまう。
停車したバスからは、学生服姿の若者たちが談笑しながら降りてくる。
見覚えのある制服は、僕が通っていた高校のものだった。
一瞬、空気の色が変わったように感じる。
その瞬間を切り取るようにゆっくりと瞬きを一つ。
それから、僕はバスに乗り込んだ。
最後部の座席が空いていたので、そちらに向かい腰を下ろす。
就職のために、この地を離れておよそ10年。
この路線を利用していたのは一昔ということだ。だが、窓から見える景色に大きな変化はないように感じた。
数分の間、懐かしさに浸っていると、不意に身体が衝撃を受けた。
急ブレーキだ。
その拍子に、すぐ前に座っていた女子高生が、鞄の中身を辺りにぶちまけてしまった。
彼女は慌てて散らばった教科書やノートを拾い始める。
それに気づいた乗客たちも、座ったまま動ける範囲でそれらを拾い、持ち主に渡している。
こちらには何も飛んでこなかったようなので、僕はその様子をただ眺めていた。
数秒で鞄の中身は回収できたようだ。
女子高生は無言でぺこぺこと、手を貸してくれた人たちに感謝の意を示している。
間もなくバスは動き出した。運転手の方を見ると、車内アナウンスのためのマイクを手にしたようだった。
だが、それを口元に持って行ったものの、結局何も言わずに元の場所に戻した。
急ブレーキの理由は乗客に伝えるべきではないのか? そう思ったが、それをとやかく言う人は誰もいなかった。僕も気に留めないことにする。
次の停留所を伝える録音されたアナウンスが流れ、前方の電光掲示板にそのサインも出た。
僕が降りるのは更に二つ先の停留所である。そのことを何となく頭の中で確認したとき、先ほどの女子高生が立ち上がった。どうやら次で降りるらしい。
彼女は前方に向かい、少しふらつきながら歩きだす。
精算機の前まで移動する頃にバスは速度を落とし始める。
そして停車。
開く自動扉。
彼女は運転手に定期を見せてバスを降りた。
彼女に続いて数名降りた後、バスは再び走り出す。
その進行方向に早足で歩くその女子高生を、バスはあっという間に追い越したのだった。
その横顔を見て、ふと、誰かに似ているな、と思った。
でも誰だっただろうか? そんな発想が、僕を更にノスタルジックにさせる。
幼い頃から学生時代にかけての、好きだった女の子の遍歴を辿ってみる。思考が自然とそうなったのだ。
ゆっくりと。じんわりと。
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