1/4
前へ
/4ページ
次へ
「まーくん、指輪外したでしょ」    出張から帰ってきた僕が風呂から上がると、ビールと枝豆を運びながら、感情の読めない声で妻が言う。    結婚して3年目。  初めての九州だったから、ちょっと浮かれていたかも。  指に目立った違いはないはずなんだけれど。  こういうときは、どんな返しが正解なんだ?  傷が付きやすい製品を扱ったからだよ……。  暑い中、外で手が汚れる仕事を頼まれちゃって……。  いや。  後輩が今度結婚するらしくて、参考に指輪の刻印を見たいって言われてさ……。  誰って訊かれたら終わりか。 「大丈夫よ、何か疑ってるわけじゃないから」 「あ、あぁ。ちょっと、な」  確かに、何もやましいことはない。  ちょっとは期待した、かもしれないけど。  向こうの社員と飲みには行ったけれど、疲れていたから早めにホテルに入ったし。  妻とは同い年で、大学のときに知り合った。  そのときからクールな印象は変わらない。  どんなときも冷静で、仕事も卒なくこなし、適当な自分とは違って尊敬できる存在だ。    そんな妻が、一つだけ子どものように喜んで言ったことがある。 「どんなときも結婚指輪は外さないようにしようね」という約束。     家事や仕事の際に外す女性がいるけれど、妻は見た目と違ってそうではなかった。  二人で選んだ指輪をとても大切にしてくれている。  そんな思いもあって、僕のささいな変化に気付いたんだろうな。  さすがとしか言いようがない。  悪いことは、やはりばれるものだ。 「出張、お疲れさまでした」  そう言って、妻が冷えたグラスにビールを注ぐ。 「ありがとう。こっちも今日は35℃近くまで上がったみたいだね」  注いでもらったビールをグイッと飲む。疲れた体に、一気に冷気が流れ込む。 「今年の夏は、本当にひどいわ」  お酒を飲めない妻が、麦茶を一口飲む。    テレビをつけると、甲子園での伝統の一戦が映し出された。  投手戦で、5回を終わって0対0。      
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加