2人が本棚に入れています
本棚に追加
取り残される夏は子犬の形
ぼくは、夏になると家族といっしょに田舎に行く。
そこでしばらく親せきとお泊りをして、おじさんやおばさん、お兄ちゃんやお姉ちゃん達にいっぱい可愛がってもらう。いつも暮らしてる家とは違ってところどころが土の地面の庭や道路をたくさん走ったり、川で泳いだり、木陰で休んだりするのは楽しい。だからぼくは、暑いけど夏が好きだ。
今年の夏も田舎の大きな屋敷へお泊りして、お昼のごちそうを食べて満足したから、ぼくは縁側で眠っていた。おにいちゃん達は大人の集まりから逃げるみたいに外へ遊びに行ってて、大人達はのんびりと部屋の方で何か話しているのが聞こえる。強い光が上から降り注ぎ、庭の木や草、石、自転車、犬小屋の屋根なんかを真っ白く照らしていた。蝉の声もあちこちから聞こえてちょっとうんざりするくらい騒がしい。
縁側の熱を吸った柔らかい木の感触を頬で感じながらうとうとしていると、ふいに誰かの気配がした。
顔を上げると、庭に知らない誰かが立っている。その子はずんずんと歩いてきて、ぼくの前に来るとにっこり笑った。お日様の光がその子の背中に当たって顔がほとんど影に沈んでるから、口をフリスビーを半分に切ったみたいな形に曲げていることしか分からない。ただ、慣れない匂いが全身からぷんぷんさせているのは分かった。
ぼくは不思議に思って起き上がり、きみは誰? って聞いた。その子は笑顔のまま隣に座り、黙ってぼくの肩をなでる。こそばゆいような、恥ずかしいような気分になって、ぼくは顔を背ける。その子のまとった匂いはお花に似ていて、でも、ピリリとしたものだ。そこに汗のニオイが混ざって、嗅いでいると頭がくらくらする。
きみは誰、どこから来たの? もう一回ぼくが聞くと、その子は首を傾げる。長い髪がさらさらと音を立てて流れ、隙間からまぶしい光が差し込む。僕の肩に置かれた小さな手から熱い体温が伝わってくる。
「あんた、ひとりで留守番してるの。えらいねえ」
その子はしゃべりながらぼくをしきりに撫でる。ぼくは良く分からないままに返事をする。いじめたりする気はないらしい。
「あたし、おとうとが欲しかったの。いっしょに遊んでくれる、ちいちゃくて、かわいいの。でもパパはダメって言うの。だから、あんたがなってくんない? あたしのおとうとにさ」
ぼくがどうしようか悩んでいると、こらっ、と大人が怒鳴る声がすぐ後ろからした。とたんにその子はぴゃっと立ち、さっさと走り去ってしまった。
振り向くとおじいちゃんが困ったように腕を組んでため息をつく。おじいちゃんは動くたびにタバコの臭いがぷんと鼻をくすぐるから、ちょっと苦手だ。
縁側に続く部屋のふすまがカラリと開けられ、そこからおじさんの顔がのぞく。
「どしたね父さん。子どもが来よったようじゃが」
「ありゃ都会から越してきた子だなあ。まったく、どんなしつけをしとるんだか。タァ坊、大丈夫かあ。いたずらされんかったか?」
おじいちゃんの大きな手でわしゃわしゃと頭を撫でられながら言われても、ぼくは何が何だか分からない。ただ、あの子の匂いが気になって、消えた先の塀の向こうを眺めていた。
最初のコメントを投稿しよう!