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まさかここでその絵本の名前が出てくるとは思わず、さらには職業をぴたりと言い当てられた男はやや狼狽したが、「まあ、はい、一応……」と肯定した。
「わあ、本当に!この前、親戚の子にあげる絵本を選んでいて、『くまさんとうさぎさん』がとってもかわいい絵だったんでそれにしたんです!アンケートに絵本の『くまさん』が描いてあったし、もしかしたらと思って!」
「いや、すごい偶然ですね。あの絵本、あんまり売れなかったのに」
「え!そうなんですか?その親戚の子のお母さんは、子供たちの間で大人気だって言ってましたよ」
今度は男が「そうなんですか」と気の抜けた調子で言った。そう言われても、いまひとつ実感が湧かない。売れてないものは売れてないのだ。
――まあそもそも、少子化だしなあ。
男が微妙な反応をしているのを気に留めていないのか、娘は話を続けた。
「それにしても、このほんわかした絵を描いたのが男性だとは思ってませんでした」
「ああ、よく言われます」
昔は同様のことを言われれば、「男がこういう絵を描いたら悪いかよ」と心の中で悪態をつき斜に構えていたが、最近では随分慣れてきたし、あまり気にしないことにしていた。
それよりも、その後の娘の発言の方が男には驚くべきものだった。
「あの、実は、考えてたんですけど……看板を描いてくれませんか?」
「へ?」
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