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「おはよう、これから英語の授業をはじめます」
パソコン画面に大きく映る教員の笑顔は今日も爽やかだ。
これから朝8時半から夕方15時まで、みっちりと学校の授業の時間だ。
パソコン画面の下半分は同じ授業を受けるクラスメイトたちだ。
いつものメンバーが揃っている。その筈だったが、知っている顔が一人いなかった。
教員は「ああ、そうだ」と思い出したように言う。
「スズキは今日1日、電波が届かない場所にいるそうだ」
インターネット環境が必須のオンライン授業では、こういうこともしばしばだ。
なんせ、今の時代、皆トレーラーハウスに住んであちこち移動を繰り返しながら暮らしている。
画面の中のクラスメートが手をあげる。
「先生、私ももうすぐ異常ゲリラ豪雨が来るところにいるので、落雷で電波が途絶えるかもしれません」
「ぼくのいる所は、危険地帯に指定されたので途中で抜けるかもしれません」
「……そうですか、もし途絶えたら後で必ず連絡して下さいね。それでは授業をはじめます」
ベルの音楽とともに授業が始まった。少しして先ほどの生徒2名の画面が見えなくなった。電波が途絶えたようだ。
それでも授業は進んでいく。
1日こんな感じだろう、そう思っていた。
突然、スマホのアラートが鳴った。
画面上に記された文字は『危険地帯に入りました』
ああ、しまった。
教員に言わないと、と手をあげようとした時、父親が部屋に飛び込んできた。
「ここが危険地帯に入った!奴らが来る前にトレーラーを飛ばすぞ!パソコンを切れ!」
その声が画面の中の教員にも聞こえたらしく、教員は頷いた。
一礼して、パソコンを切った。
部屋から出て、トレーラーの座席に座り、ベルトをする。
母親がエンジンをかける。父親がショットガンを用意する。
「逃げるぞ!奴らが来る前に!」
窓の外を見た。奴らはまだ来ない。けれど危険地帯だ。いつ襲われてもおかしくない。
「授業中だったのにごめんね。頑張ってこのエリアを抜けるから、そしたらまた勉強してね」
母親が言い、アクセルを踏んだ。奴らの姿が見えだす。父親が窓からショットガンの銃口を突き出す。
「いったいいつまでこんな生活なんだろうな」
奴らが遠ざかる。あとは、危険地帯を抜けるだけ。そうしたら、またいつものような生活だ。奴らに住み家が襲われにくいように、一ヶ所に留まることなく、他の人々から距離を取って生きていくこの新しい生活だ。
いろいろ不安はあるけれど、今はまだ勉強も出来てるし、友達の顔も見れているから大丈夫。
けれども、いつまでこんな生活をしなくちゃならないんだろうか。
今度父親からショットガンの撃ち方を習っておこうと考えた。
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