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記録員
きりりと背筋を伸ばした相手チームのキャプテンがこちらに一礼して、身を翻した。
背番号14に、解っていても少したじろぐ。確か、うちの藤堂とは少年野球の頃からの付き合いだと聞いたが。しかし瞬く間に見慣れたユニフォームがグラウンドに散らばり、
シートノックが始まった。
さすが超名門校、シートノックでさえ、殆ど美しいと言えるレベルだ。
メンバー表をスコアブックに写し終わった俺は、うっかりノックを見続けた。内野陣のキャッチングの巧さは勿論、送球の正確さと速さに舌を巻く。そのうち、ホームから外野への飛球に変わり、更に各外野手の肩の強さにも目を見張る。見事なものだ。
「何度見ても、ほんとすごいっすねぇ」
そうだなー、とつい返事をしてから、ええっと声が出た。慌てて横を向くと、二年のミズキが感心したような面持ちでグラウンドを見ている。
「なに褒めてんだよ」
自分のことを棚に上げ、思わず後輩を小突く。
「ファンみてーなこと言うんじゃねえよ」
「や、そりゃ憧れですよ。てか、このあたりで野球やってて、あのユニフォーム着たいと思ったことないヤツはモグリでしょ」
あはは、と軽く笑われたが、開いた口が塞がらなかった。うちのチームでは一番、その台詞が似合わないのがミズキだからだ。彼は四兄弟の末っ子で、長兄と次兄はこの野球部のOBだ。
「まさか… ミズキ、○○に行きたいとかって」
「言えませんよ、さすがに! ウチでそんなこと言ったら叩き出されますよ」
現にマサ兄ちゃん、追い出されましたからね、とミズキは真顔になった。
そう、彼のすぐ上の兄は無理を通して都内の強豪校に進学したのだ。おかげで練習試合も組んでもらえたが。
「ま、マサ兄でも、さすがに○○は無理ゲーです」
「だなあ」
「でもね、うちでみんな揃って甲子園の中継で見てたのは、あのユニフォームなんですよ」
それは… よくわかる。
勿論、県下では随一の甲子園出場回数を誇り、春夏の優勝どころか春夏連覇の経験だってある。やはり、
栄光のチームである。
あそこでは絶対に背番号は無理だと思った。チームカラーやポジションの関係もあって、うちならひょっとすれば、と打算をもって入学したが、怪我もあって選手としての道は諦めた。それでもマネージャとして部に残った。どうしても… 近くで見ていたかった。
俺はただ、グラウンドを見続ける。
そうして、当たり前に王者のシートノックは終わり、次は、
つぎは…
「しまっていこう!」
正捕手の岡が声を張り、応、とナインの声が重なった。
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