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二遊間
「トオルさあ、送球までずっと息止めてるでしょ」
それがダメ。
そう云って、下野さんは笑った。
下野さんとは二遊間を組んでもうすぐ一年になるが、身体能力がバカ高いとかではなく、器用でとにかく状況判断が良い人だった。セカンドとしては大事なことだ。
というか、とにかく散々お世話になりまくっていた。ミスをカバーしてもらうのは日常茶飯事だし、打順も1、2番のコンビを組むようになって、ますますおんぶに抱っこだ。
そして今日、迎えた夏の天王山で、ノック直前に言われたのだ。
「一歩目も速いし、捕球も上手くなったのにさ、送球がダメなら台無しじゃんか」
当然すぎてぐうの音も出ない。そう、前の準々決勝でも、自分の送球が逸れたせいでゲッツー崩れで一点を献上している。エラーが少ないウチのチームで、この夏大で記録した失策の半分は自分のやらかしである。穴があったら入りたい。
だからね、と続いて言われたのが、息を止めてる話である。
「止めてちゃダメなんすか?」
ひと息でワンプレイの方が集中できると思っていた。
「やー、ダメな訳じゃないだろうけど、トオルの場合、逆にそれで焦ってるっしょや」
下野さんはたまに北海道弁が出る。
「おまえなら、捕ってからステップ踏んで投げる間に、深呼吸するくらいで良いんだよ」
ちゃんと、一塁手のミット見てみ?
そう言われても。
何度かシミュレーションしてみたが、なんだかよく分からない。捕球から送球動作までの歩数をカウントしたり、一塁やホームまでの距離を目測したり。しまいにはこんがらがって、二塁へのトスでさえ失敗した。このまま試合に突入するのはヤバい。最後は良いイメージを残しておきたい。
「もう一本、お願いします!」
監督に声を掛けたら、下野さんに止められた。
「ダメ、時間切れ」
「え、でも、このままじゃ…」
言い返すオレに、下野さんはぴしりと言い渡した。
「続きはあした」
そう言われた。
でも、
あしたは、今日、勝たないと来ないのだ。
きょう、勝たないと、永遠に、明日は、来ない。
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