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「おーい。けいちゃーーん」
一心不乱に畑道を黙々と歩いていると、誰かが呼んでいる。
だいぶあとから気がついて振り返ると、畑の真ん中、パラソルくくりつけたトラクターに乗っかりながら、
「おーい。けーいちゃーーん」
と手を振ってる。いとこの晴一だ。
もう今年で三十になるんだかならないんだか。私よりもひと回り以上離れている幼馴染──ていうか親戚のお兄さんだ。
「おじさーーん!」
私も手を振り返す。
「おじさんはねーーべーー!お兄さんだんべーー!」
「えーー?なにーー?聞こえなーーい」
「だぐよーう」
晴一の困った笑い。
その顔が見たくて、つい私は聞こえないフリをする。
「おじさーーん」
「あんだーー?」
「お金貸してーー!」
晴一はちょっと考えてる。
「あんだーー?エンコーかーー?」
「死ねーー!一生死ねーー!」
ははっ。って、手振りが冗談だよって言ってる。
「どしたーー?なんか欲しいもんでもんでもあるんかーー?」
「ダイビング行きたいのーー」
「あんだかや!バイキングかーー!うめぇんかーー?それーー!」
ああ、やはり私は一族の血脈をちゃんと受け継いでいる。
「違う違う!スキューバ!ダ、イ、ビ、ン、グ!!」
「おおーーそうかーー。がんばれーー。ははっ」
『ははっ』じゃねーよ!
あの能天気おじさんに相談した私がバカだった。
「もういい!」と言って、背を向けて歩き出す。「おーい。けいちゃーーん」という晴一の声を無視して。
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