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私はログブックの最初のページを読み返しながら、あの頃を思い出す。
コロナ禍で何も出来なかった復讐心と欲求不満が原動力となって、高校最後の思い出作りに、チャーと二人で躍起になって、普段だと出来ないような一発デカいことをしてやりたいと考えた、あの夏。
オープンウォーターダイバーのライセンスを取得する。
与えられた娯楽の中で防戦一方だった私の世界。そこから私は初めて攻撃に転じて、能動的に動いた気がしている。
虎視眈々と溜まりに溜めた熱量を、海の世界にダイブする事で、何かが変わる気がしたんだ。
一日目の海洋講習のログページ。
『マジヤバい』ばかり書かれたそのログを眺めて、笑ってしまう。
好きなことに夢中になるためには原動力が必要だ。いろんな刺激を受け続けてないと、そうそう長くは続かない。だから私はちょいちょい定期的に、尊いものを摂取していたんだが、手軽に摂取していた例年通りの毎日だったら、間違いなく今の私にはなれていなかった。
そう考えると不思議だ。
何も出来なかったあのコロナの年があったからこそ、思い切り助走つけて、いろんな障害を乗り越えながら、まだ見たことのない新しい世界へ行ってみたいと思うようになったんだと思う。
あの夏。私の世界が別の世界にシフトしだしたんだ。
今。私はオープンウォーターダイバーのひとつ上の資格、アドバンスドオープンウォーターを取得するため沖縄へ来ている。
「何見てんのー?ケイ」
私の背中に寄りかかりながらログブックを覗き込む。
もちろん相方のチャーだ。
「あははっ。ウケる。何この下手くそなおたまじゃくし!」
「おたまじゃくしじゃないよ!カエルアンコウだよぅ」
「懐かしいね」
「本当。あの頃は若かったねー」
「今だってまだまだ若いじゃん」
「まあねー。それよかさ。チャー」
「うん?」
「ありがとね」
チャーは私の顔をまじまじ見つめて、苦虫かんだみたいな顔をする。
「なに改まって!気持ち悪うーー。やめなよフラグ立てんのーーあはは」
いや。マジで。
チャーがあの日、私を誘わなければ、コロナ禍でなければ、今の私はなかっただろう。
水深18メートルの世界が、どんなものか知らない人生だった。
そして水深30メートルに憧れて、アドバンス取得しようだなんて、思ってもみなかっただろう。
世界は広げられる。
そこにはどんな世界が待っているのだろう。
沖縄の青い青い海の、その透明度に吸い込まれそうになりながら、ゾクゾクとワクワクが止まらなくてヤバい。
海の中に溶け込んで、私もチャーも、海の魚も生物も、みんなみんな一つになって、『あ、そうだよね』って、脳で理解する前に全身で気がついちゃうんだ。
地球の、海という器官に内包されて『生きてる』っていう実感を。
それがたまらなく好き。
私は新しい世界で好きを見つけた。
楽しみを見つけられた。
いっぱいいっぱい色んなことを我慢した分、犠牲にした分、楽しみを溜めこんだ。
溜め込んだ分、思いっきり世界を楽しんだ。
新しく拡張された世界を。
思う存分に。
そしてまた私は、バディと一緒に、新しい世界へ。
ダイブする!
END
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