第六話『忍び寄る』

1/2

5人が本棚に入れています
本棚に追加
/20ページ

第六話『忍び寄る』

 羽田良子の自宅ポストに通帳を投函してから数日が経過した。管理人の件もあったので内心ビクビクしていたが、これと言って異変のようなものは感じられていない。ひと安心か、いやまだ油断してはいけないのだろうか。このまま何事もなく済んでくれさえすれば相馬にとってそれ以上のことはなかった。  キナ臭い噂の多い宗教団体だからと過剰に反応してしまっただけで、本当はそんな大したことではなかったのかもしれない。奪われた通帳が返ってきたのだから幸福教側としても問題はないと判断するだろう。そもそもたかが通帳だ。現金そのものならまだしも残高が知られただけなのだから大したことではない。相馬は自分に言い聞かせるように、頭の中で自己を正当化することに必死だった。  羽田良子の持ち物をひったくってからちょうど1週間経っていた。いつもならすでに次の犯行に及んでいるはずだった。しかし、なかなか次のひったくりをする気になれなかったのだ。幸いにも生活するだけの現金はまだあったので、何もしないで済んでいたのだった。とはいえ、そろそろ現金が底をつくだろう。腹を決めるしかない。  相馬の手口は危ういものだった。自分でもよくここまで成功し続けられているものだと驚くほどだ。もちろんいつも服装は変えているし、スクーターを使ったり自転車を使ったりと変化を加えてはいるが、そう簡単に成功するものではないことは分かっていた。  きょうは隣町の銀行のATMを出てきた主婦をターゲットにするつもりだ。店内の防犯カメラに映り込まないように気を付けながら、それでいて出てきたターゲットをすぐに尾けられる位置で待機する。時刻は13時前、店内から出てきた一人目の人物はフリーターのような男だった。大して金も持っていないだろうし、きょうは徒歩だからリスクが高いのでパスだ。  二人目はおそらく主婦と思われる中年女性だった。こいつにするか考える。見た目は中肉中背で総柄のトップスに白いスカート、リボンのついたパンプスという出立だ。仮に追いかけられたとしても逃げ切れる。相馬はターゲットを決めた。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加