第六話『忍び寄る』

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 ターゲットは駅とは反対方向へと商店街の中を進んでいく。この時間帯だとどこかで買い物でもするのだろうか、夕飯の買い出しにしてはやや早いように思える。だが、ターゲットがどこへ向かおうと相馬には関係がなかった。大事なのはどのタイミングで仕掛けるかだけだ。  気づかれないようにそっと後ろを尾ける。まじまじと見てしまうと周囲に怪しまれてしまう恐れがあるので、ただ進行方向を見ているだけのように自然な感じを装う。狙いは左腕にぶら下げられているハンドバッグだ。本体は黒色で持ち手が大きめのリング状になっており、デザイン性が高い。正直ダサいと思ったが、あの持ち手の形状はひったくるのに適していそうだ。  進行方向の左手に細い路地が見えてきた。ひったくった瞬間に逃げ込めばそのまま上手く巻くことができそうだ。真後ろから狙われているとは露知らず、ターゲットは順調に歩を進めいていく。いよいよ路地との距離感がベストの位置にきた。唾を飲み込むと、意を決して相馬は全力で走り出した。  一気にターゲットが目の前の位置まで迫る。右手を伸ばして特徴的なリング状の持ち手を掴むと、そのまま力任せに引き抜いた。このとき持ち手がターゲットの腕に食い込んでしまうと面倒なことになるのだが、今回はスムーズにターゲットの左手からすり抜けた。 「あっ」  咄嗟にターゲットは間抜けな声を出したが、あまりに急な出来事に状況が飲み込めていない。相馬はそのまま一目散に路地に向かって走り抜ける。後ろの方で何か聞こえたが気にしない。いまは逃げ果せることだけしか考えてはならない。邪念は禁物だ。  一時間後、相馬は自宅アパートの前に戻ってきていた。あの後順調に逃げ切り、途中用意しておいた着替えを済ませて慎重にここまできたのだった。今日もなんだかんだ成功だ。財布だけ取り出し、ハンドバッグは途中で捨ててきた。この前の通帳の件があったので、必要のないものはすぐに捨てることにしたのだった。  アパートの外壁に設置されているポストを確認する。いつも請求書がチラシしか入っていないが、毎日確認するようにしていた。ポストにたくさんのものが入っているのが好きではなかった。投函口からはみ出している部屋もあるが、あんなものは論外だ。特に理由はないものの、ポストの中はできる限り空の状態にしておくというのが相馬のこだわりだった。  案の定チラシしか入っていなかった。しかし、そのチラシを見た途端、相馬は息を呑んだ。 それは、幸福教のパンフレットだった。
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