第八話『訪問』

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第八話『訪問』

 全身が強ばる。こんな早朝にインターホンが鳴るなんて、そんなことは今まで一度だってなかった。相馬の脳裏には二つの可能性が浮かんでいた。 警察か幸福教か、考えられるのはそれしかない。友人なんて一人もいないのだから当然その線はない。騒音とか何かしらでお隣さんが来ることも考えられるが、見に覚えもないのだからそれもないだろう。となると、やはり警察あるいは幸福教しかないのだ。  警察が訪れるときは早朝だと聞いたことがある。学生時代に秀太が不良仲間とでかい声で話しているのを耳にして以来、未だに覚えていることの一つだ。これまで数え切れないほどひったくりを行ってきたのだから、そろそろ逮捕されても全く不思議ではない。インターホンを押した人物としては、一番現実的なのはやはり警察だろう。  しかし、幸福教の可能性も捨てきれなかった。家まで辿り着くほどの痕跡を残したつもりはない。だが、相手はカルト集団的な宗教団体なのだ。何かしらの手がかりを掴んで特定するだけの力を持っていてもおかしくないだろう。ただ、そこまでする必要性は感じられない。通帳は返したし、現金のことであれば警察を通報すればいいだけだ。わざわざ直接尋ねてくる意味などないはずだ。  ピンポーン  再びインターホンが鳴り響いた。  このまま居留守をしてしまいたかった。しかし、誰なのか気になって仕方がない。恐怖と好奇心が頭の中でせめぎ合っていた。安いアパートなのでインターホンにカメラはついていないのが悔やまれる。カメラがあれば一瞬で相手の姿を確認できたというのに。気付かれずに相手を確認するとしたら、こっそりとドアに近づいてのぞき穴から確認するしかない。このまま誰か分からないまま過ぎ去ってしまうと、モヤモヤしてかえって不安に苛まれそうな気がした。 意を決してドアに忍び寄る。風呂上がりの素足がフローリングに吸い付き、足を持ち上げるたびに剥がれて多少音がしてしまう。しかし、仕方がないことなので、できるだけ音がならないようにと慎重になる。通常より何倍もの時間と気を使ってようやくドア前まで到着した。 のぞき穴を塞いているカバーに指を置くと、ゆっくりと反時計回りにずらしていく。のぞき穴がむき出しになると、相馬は恐る恐る右目で覗き込んだ。
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