第八話『訪問』

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 そこにいたのは、まったく見たこともない女性だった。のぞき穴のわずかしかない視界でもわかる、おばさんだ。髪型と体型から、おそらくだが四十代前半のように感じられた。リクルートスーツのような出で立ちで、ピンと背筋を伸ばして立っていた。明らかに警察ではない。これはきっと、幸福教だ。確証はなかったものの、直感はそう知らせていた。  相馬は絶望的な気分になった。まだ警察であれば諦めもついただろう。逮捕されるだけの事はしてきたのだから、大人しく刑に服す覚悟はできていた。しかし、目の前にいるのは警察ではない不審な訪問者だ。どうしたらいいのかわからない。  よく見ると、不気味なことにその女は笑っていた。不自然なほどのスマイルだ。優しそうに細くなった目と最大まで上がった口角がまるでお面かのように張り付いている。こんなやつは幸福教以外に考えられない。  覗き穴を覗いてから何分だったのだろうか、おそらくはほんの数分のはずだが、相馬はもう何十分もこうしているように感じていた。何をしたらいいのかわからず、ただ覗き続けることしかできない。ただ、少なくともこうして息を潜めていることは間違いではないだろう。ここで変に存在を悟られてしまってはまずい。何故かわからないが、それだけは確信していた。  すると突然、女は鞄から何かを取り出すと、しゃがみこんだ。それと同時にドアポストに何かが投函された。女は立ち上がると、踵を返してそのまま何処かへと消えたのだった。相馬はその姿が見えなくなるまで覗き穴から見続けていた。緊張と恐怖によって目を逸らすことができなかった。  姿が見えなくなって少し経つと、ようやく気分が落ち着いてきた。同時にドアポストに投函された何かへの興味が湧き上がる。  音を立てないようにドアポストを開けると、中身を取り出した。それは封筒だった。標準的なサイズで横向きのものだ。やはり幸福教だった。普段から使用されているのだろう、幸福教のロゴとアイコンがプリントされている。糊付けされている部分を指で乱暴にこじ開けると、中には一枚の紙切れだけが入っていた。  だいたいCDサイズの紙が真ん中で折られているような状態だ。模様などは一切なく真っ白である。 何が書かれているのだろうか、相馬は不安と興奮の入り混じった感情で紙を開いた。 『相馬様 通帳、確かに受け取りました。残りのものも回収いたします。』  紙にはその文章だけが書かれていた。 「相馬様、か」  一つだけ分かったことは、名前と住所は特定されているということだ。  相馬は途方に暮れるしかなかった。
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