第九話『渋谷』

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 相馬は渋谷駅のホームへと降り立った。久しぶりに乗った山手線はいつの間にか車両がリニューアルされており、ベタベタと貼られていた交通広告はデジタルサイネージへと変貌を遂げていた。技術の進歩を感じさせたが、結局のところ広告であるとこには変わりがなく、むしろ退化のように感じられた。  渋谷駅自体、来たのは何年振りだろうか。ハチ公口へと伸びる階段に懐かしさを覚える。改札を抜けると、そこは有名なスクランブル交差点だ。ここを通る度に相馬はいつも不思議な感覚に囚われるのだった。  見渡す限り、数え切れないほど大勢の人々が行き交っている。交差点という名の通り様々な人が交差しているのだ。それぞれの人に親がいて、家があって、仕事や学校があって、友達や恋人がいて、好きなものや嫌いなものがあって。天文学的な確率で同じ瞬間にここで交差するのだ。これを奇跡と呼ばずなんと呼ぶのだろうか。そんなことに思いを馳せると何故か涙が出そうになる。  だが、同時にこんなことを考えたりもする。ここで爆弾かなにかで大爆発が起きたとしたら、どうなるのだろうかと。特にハロウィンやサッカーなどの勝利で盛り上がっている様をテレビで見る度に想像してしまう。ハロウィンにもサッカーにも興味のない相馬にとって、浮かれて乱痴気騒ぎをしている奴らはこの世のゴミでしかなかった。いなくなったとしてもなんの支障もない、それならば、爆弾でみんなまとめて消し去ってしまえばいいのではないだろうか。そうすればこの世の中は今よりも居心地が良くなるのではないだろうか。出来ることなら、その中の一人として消え去りたい。いとも最後にはそう思って考えが終わる。  しばらくはネットカフェに居座るつもりだった。最近では家を借りるとこのできない人たちのために格安パックが用意されていることをなんとなく知っていたので、それを利用するつもりだった。ネットカフェは都内ならどこにでもあるが、わざわざ渋谷を選んだのには理由がある。それは人の多さだった。もしかしたら新宿とかの方が実際のところ人は多いのかもしれないが、相馬にとって渋谷ほどごみごみしていると感じる場所はなかった。  どうにかして幸福教の魔の手から逃れなければならない。渋谷の独特な喧騒感が上手くカモフラージュしてくれると願っていた。  そういえば朝ごはんがまだだったことを思い出したので、適当にファーストフードで済ませることにする。お腹を満たしつつ、状況を整理しなくてはならないだろう。
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