第一話『はじまり』

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 奪ったのは、真っ黒なA4サイズのトートバッグだった。明らかに何かしらの印刷物や冊子が入っておりやや重たい。パッと見では財布などは入っていないように思えるが、ターゲットのおばさんはこのトートバッグしか持っていない様子だったのと、他に財布をしまっておく場所もなさそうだったのだ。  とにかくまずは現金がいくら入っているのかが気になるので、財布を探す。バッグに突っ込んだ手に触れた塊を取り上げる。明らかに財布ではなく小ぶりな冊子だということはわかっていたが、邪魔なので取り除こうと取り出した。  表紙を見た瞬間、相馬は息を飲んだ。  そこには『幸福教の教え』と書かれていた。  幸福教は宗教団体だ。巷ではそれなりに有名で、相馬も名前は何度も聞いたことがある。怪しげな新興宗教という噂が流れており、いわゆるカルト集団のようなイメージを持たれている団体だ。  こんな本を持っているなんて、あのおばさんは信者だったのか。この手の団体に嫌悪感を持つ相馬は、見知らぬ被害者を心の中で軽蔑した。  信者だからといって特に問題があるわけではない。  問題は財布だ。トートバッグの中を手探りで物色する。すると、また小さな冊子のようなものに手が触れた。  相馬は取り出すと、今度は絶句した。  それは通帳だった。メガバンクの一つである、なだみ銀行の通帳だ。名義は幸福教となっている。恐る恐る何ページかめくると、こまめに記帳しているのかびっしりと履歴が記載されていた。思わず最新の残高を探す。そこに記されていたのは、約二億という数値だった。正確には二億四千万飛んで八百五十二円だ。  一瞬頭が真っ白になった相馬だったが、徐々に思考回路が回りだす。  これはとんでもないものを奪ってしまったのではないか。  自分の置かれている状況を客観的にイメージした相馬の手は、微かに震え始めるのであった。
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