第二話『不穏』

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 目当ての現金は手に入ったのだから、その他の通帳やトートバッグは丸ごと返してしまえばいい。それはそれでリスクがあるが、指紋などの痕跡が残らないように細心の注意を払えば問題ないだろう。財布の中には引ったくった相手の免許証が入っていたから住所はわかる。 あとは、届ける勇気だけだ。  ソファに寝そべり天井を見上げながら相馬は悶々としていた。天井には、まるで人の顔のようにも見えるシミがある。このアパートに住み始めてからそろそろ二年経つが、もう数え切れないほどこのシミを眺めていた。部屋にいる時はたいてい天井を眺めているのだ。  部屋にはソファとベッドだけがあり、非常に殺風景だ。六畳一間のワンルーム。床は一面フェイクフローリングで、もちろんユニットバスである。料理は一切しないので、こじんまりとしたキッチンは空き缶や空き瓶の置き場所と化していた。  ひったくりで得た金はほとんどが食費や生活費で消えていく。別に何か欲しいものがあるわけじゃない。かといって溜め込んでいるわけでもない。ただ生きていくために必要な分を誰かから奪うだけだ。  それなら真面目に働けばいい、何も罪を犯す必要はないだろうと人は言うかもしれない。 しかし、そんなのは真っ平御免だ。世の中働きたくて働いているやつはいないだろう。みんなお金か自己顕示欲のために働いているに違いない、相馬は真剣にそう思っていた。  例えば誰からも称賛されることなく無償で働けと言われたとして、一生懸命真面目に働く奴が果たしているだろうか。  断言できる、いるわけが無い。  そんなやつはまともじゃない。  欲しいものは奪えばいい、初めてひったくりに成功した時に相馬の中でその考えは確固たるものとなった。労働の対価に金銭を手にするくらいなら誰かから奪ってやる。もらうか奪うかの違いで、誰かから得るという点においては同じだろう。  法を犯すことは一般的には許されないことだろうが、相馬には関係がなかった。法自体だれかが決めたものなのだから、守る必要なんかない。義務教育の過程において、あたかも守ることが当たり前のように刷り込まれているだけで、それはもはや洗脳だ。  相馬がこのような思考に至ったのには理由があった。
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