第五話『投函』

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第五話『投函』

 五反野駅を出て南側へと進む。生まれて初めて降り立った駅なので、どの方向の景色も見慣れない。とても新鮮だった。  時刻は12時を過ぎたくらいで、朝からなにも食べていないので空腹を感じていた。進行方向にすき家の看板を捉えたので、先に食事を済ませるか一瞬迷ったが、やめることにする。万が一でも食事中に見られてはならない。誰にも悟られることなく、羽田良子宅の郵便受けに通帳を投函するというのがミッションだ。  駅から10分ほど歩くと目的のマンションが見えてきた。  どこにでもありそうな何の変哲もないマンションだった。グレーのシックなカラーリングをした外観は小綺麗な雰囲気を漂わせており、家賃は相場より高そうに思えた。カルト集団の信者のくせに良いところに住んでいると思うと嫌悪感が込み上げてきたが、ひったくりで生活してる自分と比べたら真っ当だなと思うとそれもすぐ収まった。  正面の自動ドアを抜けると、すぐのところにオートロックのパネルが設置されていた。そこには裏手に回る通路があり、手前には管理人の部屋があった。訪問客に気付けるようにするためだろう、アクリル板の窓が設置されている。訪問客を装ってパネルを操作するフリをしながら管理人室を横目で確認する。どうやら部屋を空けているようだった。投函するチャンスだ。  管理人室の前を通過して裏手に回ると、ポストの投函口が全戸分ずらりと並んでいた。四○二号室を探す。裏手側から見て一番右上が一○一号室となっており、一列5個でそれが左に向かって何列も続いている。ひとつ一つ確認していく。どうやら四号室と九号室が存在しないようだ。『死』と『苦』ということか。なんて日本的なのだろう。こんなところまで縁起を担ぐのか。相馬は呆れた。  四○二号室のポストはあっさり見つかった。すぐに投函してここを立ち去らなければならない。構造上、一方通行なので帰る際は正面の自動ドアを通過せざるを得ない。そのとき羽田良子と出会してしまったら最悪だ。恐らくその瞬間に気づかれることはないだろうが、ポストに投函された通帳を発見した後に勘付かれる恐れがある。  相馬は素早く通帳を投函すると、踵を返した。管理人室前を通り、自動ドアから外に出る。緊張から解き放たれたことと達成感で、体中から不思議な力が込み上げてくるのを感じた。  その矢先だった。
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