独リ書ク恋慕

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◇  うだるような暑さの中、蝉の声が五月蠅く響く。彼らが地上で一週間しか生きられないことを、知らない者は少ないが忘れている者は多い。子どもの頃、短い命の彼らは可哀想な生き物だと幼い和人に母親は言った。その母親は知らない男と家を出ていったっきり二度と帰ってくることはなかったわけだが。  うすうす察しはついていた。男の前で豹変する母親の態度と、男が和人を好きではないこと。…二人から邪魔だと思われていること。  あの日の朝、母は『一人にするのが可哀想だから…』と布団に寝ている子の首に指をかけた。  どうやら彼女の中では短い命で人生を終えるより、一人で生きていくことの方がより『可哀想』だったらしい。  だから、締めやすいように少し頭を上げて首を浮かした。指を絡めやすいように。  結局彼女はそれすらやり切れずにすべてを投げ出して居なくなった。 「はぁ…蝉っていいよなぁ~…」  うちわを片手にアホのように口を開けて敷きっぱなしの布団の上で窓の外を眺めている景時に、タバコを咥えながら昼食を作っている和人がめんどくさそうに訊く。 「一週間で死ぬけど?」  景時が一人で住んでいるアパートはボロいエアコンが一応ついているが効きが悪く、フル稼働していても暑い。 「一週間飯も食わずに遊び倒してそれで寿命が終わるんだぜ? 寿命が尽きるまで働き続ける人生より寿命が尽きるまで遊んで暮らす方がいいに決まってんだろ」
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