独リ書ク恋慕

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 しかし次の瞬間来るはずの鏡の山はいつまで経っても来ず、代わりに景時の上に覆いかぶさった白い着物がゆっくりと動くのが見えた。 「…間に合ったか」  異空間から響く様な低く透明な声が代わりに降ってくる。  真っ白な着物の背中側を細かく裂いて、幾筋もの細い紅が白く光る髪と着物を染めていた。 「折鶴……」  振ってきた破片をすべて背中で受け止めた男は、景時を無視して呆然としている和人に告げた。 「この馬鹿は俺がなんとかする。お前はここを離れろ」  その言葉に和人の中で何かが凍り付く。 「は…?」  この状況で一人で逃げるのも怖いが、そもそも和人に逃げる場所など初めからどこにもない。 「だな。呪いかけられてんのは、俺で…かけてんのも俺だから…。カズは逃げた方がいい」  この状況のヤバさは和人でも肌で感じる。大人しく言う通りにした方がいい事も。  コクっと唾を飲んだ和人の喉が小さく動いた。 「……そっか。んじゃ、そうするわ」  あっさりと言って振り返りもせずに駆け出した和人の背を見送って、折鶴が小さく息をついた。
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