独リ書ク恋慕

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「まじで言ってんの?」  馬鹿馬鹿しいとか、あり得ないとか、そんなことよりも何よりも和人には何が何でもそれを笑いたい理由があった。 「……それがホントなら俺はとっくの昔に死んでるって」  哀しい眼で嘲笑しながら彼は続けた。 「俺に死んで欲しくて仕方のなかった親が何十万回『クズだ』とか『死ね』って唱えても俺はピンピンしてたんだからさ。…呪いなんかあるわけねぇだろ」  煙草の灰を灰皿に落としながら景時は小さく呟いた。 「……すっげー効いてるみたいに見えっけど? その『呪い』」  …これだけ何年も引きずり続けてぼろぼろに傷ついていれば、もう充分効果はあったと言える。むしろ、和人が今まで生きていたことの方が奇跡に思えた。 「……ッ!! …喧嘩売ってんのか?」  今まで見たことがない程殺気立っている手負いの獣に、景時は軽く笑った。 「安心しろよ。『お前がいて良かった』って俺の感謝と『お前が好きだ』って俺の念は他の誰の呪いにも負けねぇから」  これもある種の呪いだな。と、アホ面で笑う男に気づけば毒気をすっかり抜かている。  和人が何万回、何億回ネガティブな言葉を放っても、この男はその度に何万回、何億回と馬鹿のように繰り返し繰り返し否定してくれた。  底抜けのアホで、世界一のお人好し。  『生きていて欲しい』と呪ってくれたのは、この男が初めてだった。
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