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例年、夏休みのここ、アクアガーデンは多くの客でごった返し、フェルメールの美術展みたいに水槽の前でしばしば順番待ちが発生する。しかし、今日は賑わってこそいたが魚を見るのに苦労することはなかった。
見たい生き物を見たいように見てお昼を回った頃、俺は再び大水槽に戻ってきた。長いすにあの男性の姿があってハッとする。彼はサングラスをかけたまま、海の中の世界をじっと見つめている。水族館の青い内装に溶け込んでいるようでいて、親子連れや若者が歩き回る館内の活気からはひどく浮いていた。
俺は何となく髪を整えると、短い階段を上って長いすがあるスペースに移動した。もう一つのいすには親子がいたが男性の方は1人だけだ。
「隣いいですか?」
男性が親子とは逆側にずれる。俺は座りながらさり気なく彼を盗み見た。俺より少し長い黒髪は恐らくまともな美容院でカットしたもの。色の薄いボストン型のサングラスと不織布のマスクをしているが、20代後半だろうか。黒インナーにベージュのシャツという服装は、俺のアンカー柄の青いシャツより高そうだった。
「水族館、好きなんですか?」
慎重にこちらを見た青年に続ける。
「朝もここでお見かけしたので。俺、アクアガーデンが好きで朝一からいたんですよ」
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