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サングラスの彼の名前は橋本といった。ついタメ口をきいてしまった訳だが、30過ぎた俺の方が年上に違いないから別にいいかと思い直す。
俺と橋本は長いすに並んだまま巨大なアクリルガラスを見やった。銀色にきらめくマイワシの群れが右へと移動し、また左に動き、たまに分裂したり再合流したりしながら様々に形を変えている。水槽の手前側では、エイが白い腹を客に見せながらユーモラスに横切る。
「橋本君はこの水槽で何見てたの?」
「見ていたというより、ぼーっとして癒されてました。だんだん、自分があの中に入っているような気分になりませんか?」
「何となく分かるかも。ダイビングしてるみたいな?」
「水の中の泡になっているような、そんな感覚です」
ロマンチストなのか、それとも。「片瀬さんは何を?」と儀礼的に聞き返されたので、俺は彼に対するレッテルを一旦脇に追いやった。
「色々あるけど、俺はジョーを見に来てる」
「ジョー?」
「あれ。背中に白い点がある」
俺は1匹のアカシュモクザメを指差した。頭がハンマーの形をしたそのサメは、大水槽を我が物顔で悠々と泳いでいる。3匹ほどいるシュモクザメの中で一番大きいのがジョーだ。
「『ジョーズ』だからジョーって勝手に呼んでる」
「サメが好きなんですか?」
「一番は決められない。シュモクザメもそうだけど、変わった形の魚が全体的に好きなんだよ。カジキの尖ってるあごとか」
「へえ……」
感情の起伏のない口調だったが、会話に付き合ってくれる辺り嫌がられてはいないらしい。俺はチラリと時計を見た。
「そろそろ行きますか」
どこへ? と尋ねる橋本に穏やかに言う。
「イルカショー。一緒にどう?」
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