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「現実離れしてますよね。だからずっと考えていたんです」
「考える?」
「職を失って、彼女が目の前で海の怪物に殺されたら、実際どんな気持ちになると思います?」
橋本はこちらを見た。マスクで隠れていたが、少し笑っているらしい。
「何だ物語か」
俺は肩の力が抜けるのを感じたが、独特の冗談として聞き流すのはなぜかためらわれた。
「俺だったらきっと頭が真っ白になる。で、復讐しようとするかも」
真面目な回答に橋本は不意をつかれたようだ。
「……相手は怪物ですよ?」
「もちろん怪物にもよるけど。もしカジキだったら、俺はそのカジキを捕まえて干物にしたくなると思う」
「どうしてカジキなんですか?」
「カジキの事故って時々あるらしいよ?」
サングラス越しのアーモンドの目に、何か血の通った感情が過ぎった気がした。
クライマックスに向けて、スタジアムにノリのいい曲が流れ出す。橋本はまた元の無感動な様子に戻った。
「俺は……たぶん、絶望します。この世界が何の意味もなさなくなって、全てが色あせて」
「なるほどな。勉強になる」
勉強、と橋本が不思議そうに呟いた。
「俺、シナリオライターの仕事やってるんだ。主にゲームなんだけどね」
食べる? と俺はポテトを彼に差し出す。橋本は左右を見回して、会場の気楽な雰囲気に安心したのか、1本だけ受け取った。不織布のマスクを僅かに下げ2回に分けて口へと運ぶ。思わず息が止まった。
やっぱり、今年の夏は異常だ。こんな整った顔の男が俺の隣でポテトを食べているなんて。
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