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「今さらだけど、こんなに連れ回してよかった? 本当は一人でゆっくり見たかったんじゃ?」
「構いませんよ。あなたは?」
「ああ、俺のことは気にしないで。デートしてるみたいで舞い上がってるから」
「……」
「そもそも年パス持ってるし」
引かれたかなと思ってつけ加える。橋本は特に反応を示さず、そっとマスクを外した。角の席のこともあって誰もこちらを見ていない。
細いスプーンでミニパフェから器用にクッキーを救出する彼の横顔を、俺はあからさまにならない程度に眺めた。鬱々とした雰囲気をまとった綺麗な横顔を。
「俺のこと知らないのに、楽しいですか?」
何と答えるべきか俺は迷った。
「確かに、君がどんな人なのかは知らない。でも、それはそれで楽しいよ」
俺はパフェを一口食べた。少量の生クリームと何味かよく分からないゼリーの甘さが口に広がる。
「こんなとこ見るんだとか、こんな一面があるんだとか、分かると嬉しい」
ふと、橋本が持っていた知恵の輪を思い出した。
「そう言えば、知恵の輪好きなの?」
「見てましたか。あの金属をガチャガチャしていると何となく落ち着くので、空き時間によくやるんです」
「橋本君ってちょいちょい変わってるのな」
そうですか? と言った彼の声には少しだけ若者らしい明るさがあった。
「君の方はどう? 少しは息抜きになった?」
返事がない。慌てて「つまらなかったら全然言って」とフォローの言葉を足すと、橋本の口元が緩んだ。
クスリ。
「もしつまらなかったら一緒にはいません」
「そっか」
初めて直に見た笑顔に、俺の正直な心臓が高鳴る。だがそれだけではなかった。同時に、窓の向こうで優しい光をたたえる海のように、俺の胸の内には温かい気持ちが広がっていった。
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