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淡々と話をしながら、行ったり来たりしてのんびり過ごしていたせいで、気づけば夕方の閉館時間が迫っていた。館内の客の姿も既に疎らだ。
出口付近には、半ば屋上庭園のように外気にさらされた淡水魚のエリアがあった。シンプルな屋根ではカットし切れない斜めからの西日が、横に広い水槽が並ぶ一帯を薄オレンジに染めている。ここに来る頃には皆疲れているのか、客はほぼ素通り状態だった。
俺達はアマゾン川に生息する物珍しい魚達を観察しつつ、その蛇行する順路を進んだ。水の中に潜む大きなピラルクがゆったりと反転する。
「片瀬さん。最後に一つ聞いていいですか?」
「何?」
「俺のこと知ってますよね?」
俺は立ち止まった。人柄について聞かれているのではないことぐらい、すぐに分かった。
最初に見かけた時から、一般人とはオーラが違う気がしていた。イルカショーで顔を見てそれは確信に変わった。そう、彼が俳優であることは俺のような水族館オタクでも知っている。
「……長谷湊」
やっぱり、と橋本こと長谷は少し寂しそうに笑った。
「芸能人と過ごせて楽しかったですか?」
「橋本君。俺の思い過ごしだといいんだけど」
改まった口調で前置きをつけて、俺はサングラスの青年に向き直った。俳優の長谷湊ではなく、橋本という一人の人間に。
「大水槽にいた君は、このままだと本当にどこかに行ってしまいそうだった。だから声をかけたんだ。君が誰だか分かってからは、ちょっとでも息抜きになればいいなって思ってた」
どこかの水槽で魚がパシャリと跳ねるような音がした。
重い沈黙だった。相変わらず辺りに人の気配はない。俺はこの場所だけ世界から取り残されたような錯覚に陥りそうになった。息が詰まるほどの湿度の高い空気――。
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