虚ろな星が瞬いて

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「びっくりした。まさか、永野くんがいると思わなかった」 「それは、こっちのセリフです」  宴会場の端の仮設のベンチに腰掛けて缶ジュースの蓋を開けながら、俺は言った。炭酸のはじける音がして、香料の香りが鼻を突く。冷たいコーラを一気に喉へ流し込んだ。 「俺、母方の実家がこの町にあって、それで、人が足りないからって駆り出されたんです。……先生は?」  先生は、子供っぽく小首を傾げながら、缶のウーロン茶をちびちび飲んでいた。いつものポニーテールではなく髪を下ろしているせいか、少し幼く見える。なんだかいつもより心の距離が近くなったような気がしてドキドキした。 「私は、ちょっと違うかな。父の実家は隣町なんだけど、ここの神社と同じ系列? の大きい神社で、毎年そこの家の未婚の女性が一人、巫女役で参加することになってるの。以前は本家の従姉が参加してたんだけど、一昨年結婚しちゃって、それで去年も今年も、とりあえず私が」 「そうだったんですか」  踊りだしそうな気持ちを抑えながら、俺は言った。夏休み前のあのやりとりを、先生は気にしていないようだ。偶然会えたことにも、意外なところでつながりがあったことにも、運命的なものを感じて、嬉しかった。先生は、どう思っているのだろう。  しばらくの間、他愛無い世間話に花を咲かせた。気が付くと、片付けが始まっていて、いつの間にか、人の声が聞こえなくなっていた。慌てて振り返ると、明かりの点いたままの本殿には、自分と寿賀先生以外、誰もいない。恐らく、本殿と繋がっている社務所にでもいるのだろうけれど、荷物を置きっ放しにしている人もいるので、下手に動かない方がよさそうだった。 「静かですね。皆、どこへいったんでしょうか」 「あら、本当」  そこでふと、今、寿賀先生と二人きりだということに気が付いて、急に緊張してしまい、頭が真っ白になった。思わず盗み見るように傍らの寿賀先生を見ると、彼女は平気な顔でウーロン茶をちびりちびりとやっている。  二人きりの静かな空間で、目の前には満天の星空が広がっている。これ以上ロマンチックな状況は、そうそうないだろう。 「星、綺麗ですね」  まるで、先生の薄茶色の瞳みだいにーー。そんなくさい台詞が思い浮かんだが、さすがに恥ずかしかったので飲み込んだ。  先生は空をじっと見つめた後、少し困ったような顔で言った。 「ごめんなさい、私、あまり目が良くないの」 「え、そうなんですか」  この星空を同じように見られないのは残念だが、チャンスは今しかない。そう思って、俺は一世一代の勇気をふり絞ることにした。 「あの、先生」 「なあに」  緊張のあまり、口の中がカラカラになった。思わず生唾を飲みながら、俺は言った。 「俺、先生のこと好きです」  口に出した途端、足元が崩れ落ちていくような、それでいて、何かから解放されたような気分になった。もしも、拒絶されたら……。そう思いながらも、目はまっすぐ先生の目を見つめていた。  先生は、驚いたように少し目を見開いた後、にっこり笑って言った。 「ほんとう、嬉しい。ありがとう」  俺は、夢見心地でその言葉を反芻した。と、次の瞬間、いきなり先生が顔をこわばらせた。そして、どこかそわそわした様子で、こちらを見ずに言った。 「ごめんなさい。私、ちょっとお手洗い」  顔をこわばらせたまま立ち上がると、社務所の方へ一目散に走っていった。そして、戻ってこなかった。
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