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新学期が始まった後、寿賀先生が俺に話しかけてくることはなかった。かといって、俺から話しかけて嫌な顔をするわけでもなく、強いて言うなら、単に「興味が無い」といった態度。ずっと中断していた朝練を再開したが、彼女と顔を合せることもなかった。
わけも分からぬまま、夏休み前から、あの祭りの夜にあったことまで、全部自分の夢だったのだろうかと訝しみつつ過ごしていたある日、その答えが突然目の前に現れた。
放課後、校舎裏の自販機にしか売っていないジュースを求めて人気のないところを歩いていると、話し声が聞こえてきた。男の方は誰だか分からなかったが、女性の方は寿賀先生らしかった。思わず聞き耳を立てると、先生と相手の男がお互いに忍び笑いをしながらこんな会話をしていた。
「先生、今週末は実家に帰るんですか」
「うん。〇〇くんに会えなくてさみしい。……〇〇くん、今日、良い匂い」
うなじの辺りの毛が一気に逆立って、勝手に顔が真っ赤になった。声の似た赤の他人かも知れない、むしろそうであってくれ、と念じながら、物音を立てないようにそっと声のする方を覗き込んだ。女の方は後ろ姿だったが、明らかに寿賀先生だった。
目の前が真っ暗になったような気がした。とっさに飛び出していきたい衝動に駆られたがぐっとこらえて、その場から逃げ出した。
夏休み前のあの瞬間、自分が逃げなければ、こんな思いをせずに済んだのかもしれない、と後悔の念に襲われた。
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