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「どうした、誠人。おもちゃとられた幼稚園児みたいな顔して」
近くで待っていた友人が、俺を見て言った。
「別に」
ついそっけなく言ってから、思い直して尋ねた。
「……寿賀先生ってさ、彼氏いるのかな」
「ああ……。彼氏はどうだか知らないけど、確か今は、3年の『ホスト先輩』にお熱らしいな」
『ホスト先輩』とは、さっき校舎裏で先生と話していた男子のあだ名だ。何股も掛けていて、彼をめぐって女子がつかみ合いの喧嘩をした、なんてことも一度や二度ではないという。胃の中にヘドロを流し込まれたような気分になりながら言った。
「付き合ってるわけじゃないの?」
「さあ、どうだろう。できてるって言ってるやつもいるけど、確かホスト先輩の本命って、S女の増古って女らしいからなあ。ホスト先輩のコレクションの一つではあるかもな」
「……てか、『今は』って?」
すると、友人が噴き出した。
「お前、知らないの? あの先生、女子に『キャバ嬢』って呼ばれてるんだよ。気に入った男子には、片っ端からちょっかい出してるって。多分、俺らの学年の男子の半分くらいは、あの先生とデートしたことあるんじゃないかな。いっときお前にちょっかい出してたのは、単にお前が自分にそっけなかったのが気に入らなかっただけだったみたいだけど」
俺は、彼女の綺麗だけれどどこか虚ろな薄茶色の目と、あの夜の美しい星空を思った。
* * *
それから三カ月ほどして、寿賀先生は退職した。はっきりとした理由は明かされなかったが、噂では、彼女を辞めさせるようにPTAから圧力が掛かったらしい。
夏休み前のあの時、逃げ出した自分の直感は正しかったのだろう。
あれから何年も経つが、今も時々、彼女とよく似た目をした人と出合う。あの、虚ろに瞬く星のような瞳に。
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