第2章

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 いつもの待ち合わせ場所。山の頂上付近まで階段を上り、漸く目的の場所に辿り着く。  膝に手を当て、呼吸を整えながら周囲を見渡すと、ぽつんと置かれている椅子に腰掛け、空を眺める少年の姿があった。 「レイ!」  レイはその声に驚いたらしく、体をピクッと痙攣させ、俺の方を振り返る。 「君は? 名前、なんて言うの?」 「俺は望。五十嵐望だ」 「望......。ああ、思い出した。......ごめんね、望」  レイは優しい目で、微かに口角を上げて微笑んだ。 「気にしなくて良いよ。それよりもなんで此処に来れたんだ?」 「......多分、これ」 「花火? とバケツもある」 「そう、手持ち花火。きっと祭りの余韻を残しててくれたんだと思う。雨で濡れちゃってるけど」 「なんというか......本当に此処、神社の管轄なのかなって思うよ」 「ふっ、そうだね。掃除くらいしなよって感じだよね」  俺達は以前みたいにお互いの顔を見ながら、声を出して笑う。  しかし、やらなければならないことがあった。俺はレイの前で綺麗な姿勢で頭を下げた。 「去年はごめん。酷いこと言って、馬鹿みたいなこと言って、レイを傷つけた。お前の気持ちを分かってなかった」 「ううん。こっちの方こそごめん。強く言い過ぎた」  レイは立ち上がって、俺以上に綺麗な姿勢で頭を下げる。10秒間の沈黙。レイはゆっくりと顔を上げる。 「今年は祭り、ないんだね」 「色々あってな......基本全部中止だよ」  残念、と呟きながらレイは空を見上げた。 「あのさ俺。東京に出ることにしたんだ」 「!? そっかそっか! 一応聞くけど、1人でも大丈夫?」 「1人じゃない。将来の目標が同じ奴がいてさ。咲......親友の子がさ、同じ大学を目指しているんだ」 「そっか。それは安心だね」  レイは安堵の息を漏らし、心配そうな顔を朝顔のような笑顔に変える。 「まあ、1人でもなんとかなるよ。咲が同じ大学だったら嬉しいけど、居なくてもやっていける。料理も洗濯も覚えたし、なんといっても俺は、『これであなたもコミュ強だ! 友達を作る1000のコツ!』を購入し、読破したのだ!」 「1000ってなんか多そうだけど!?」 「確かに多いな! 俺も最初驚いた! ......でもそれくらいの努力はしてるってことよ!」 「そか......そっか」  レイはゆっくりと歩き始める。 「もういくか?」 「うん、ちゃんと最期に望とお話できたし、思い残す事もないかなって。うん、何も——」 「?」 「やっぱり花火は見たかったかもって思ってさ」 「それなら大丈夫だよ。もうすぐ——」  言葉を紡ぎ終える前に、巨大な打ち上げ花火が打ち上がる。綺麗な夜空に美しい花々が咲き乱れていく。 「!! 花火!」 「この花火には、いつもとは違う意味があるんだ。それは"希望"。そしてもう1つ、"未来への架け橋"。今年は色々ありそうだけど、希望を持って未来へとって」 「僕には1つ願い事があってね。ちょっと望に言うのは恥ずかしいけど、言います! もし生まれ変われたら、もう一度君に会う! だからその時は、また友達になってね!」 「当たり前だ!」  俺は全力で、花火に負けないくらいの満面の笑みを浮かべた。 「本当にもういくね。望は泣かなくて良い?」 「俺は笑顔でレイを送るって決めてるんだ。悲しい気持ちはあるけど泣くわけないだろ」 「じゃあ、代わりに僕が泣くね」  レイは急にへたり込み、大声で泣き始めた。 「え、マジで泣くの? しかもめっちゃ切り替えんの早かったし!」 「本当は心配だよ! 本当にやっていけるかどうか。1年に1回しか会っていない僕がこんなの言うの変だけど、心配だよ!」 「しかも、俺のことで泣いてるし......ありがとうな。本当、マジで感謝してる。あの時、悲しみに暮れてた俺を明るくしてくれてありがとう。——まあ、高校まで友達できなかったけど」 「それは知ってる。......望はねー、世渡りがー、下手なんだよー」 「何その喋り方!」  ゆっくりとレイは立ち上がり、涙を右手で拭き取る。そして、俺に向けて右手を差し出した。 「ちょっと確認して良いかな? 僕の手触ってみて」  俺は指示通りにレイの手に触ろうとする。結果、触ろうとしたその手が、レイに触れることはなかった。 「......うん。きっと大丈夫だ! きっとずっと大丈夫! 大丈夫、大丈夫!」  俺の手に触れているつもりで、レイは両手を上下にブンブンと振る。  何往復かして、今度はハイタッチを望むように右手を上げる。 「またね、望!」 「ああ、また会おうな! レイ!」  俺達は結果が分かってて、ハイタッチをしようとする。当然、その手が触れることはない。見た目だけのハイタッチが終わった時、今までで1番巨大な花火が打ち上がり、レイはこの時代から消えていった。  今も尚咲き続ける花火を見つめ、一夏、いや十夏の思い出をくれたレイを思いを馳せる。 「2つの約束のせいで、俺はどっちの感情に従えば良いのか分からないんだけど」  俺は笑顔を空に向けながら、涙を堪え続けた。花火が終わるまでずっと。  地面にあった、放置されていたバケツと温もりを失っていなかった手持ち花火の燃えかすは、どこかに消えて無くなっていた。
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