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>イクレンジャーへ おはよう。久しぶりだな、イクレンジャー。 さて。突然で申し訳ないのだが、今日はキミに、極秘の超重要な任務(ミッション)を与えたいと思う。 ……実は、わたしは最近、受験勉強やら塾やら何やらで、心身ともに疲れきっている。ので、なんとかしてわたしを元気づけてほしいのだ。 よろしく頼むぞ、イクレンジャー。 >ドクターYの助手より ―――― スマートフォンをバッグの中にしまって、顔を上げる。窓の外に目を向けると、見慣れた風景がゆっくりと流れていくのが見えた。 ――澄み渡るような、青い空。 並ぶ建物たちをおおいつくすように浮かぶ、大きくて、まっしろい入道雲。 そして、車内に入り込んでくる、ひりひりと照りつけるような、陽の光。……そのまぶしさに、わたしは思わず、す、と目を細めた。 ――夏。 この時期、こうして電車に揺られていると、必ず脳裏に浮かんでくる、ある光景があった。今から約6年前の、小さくて、悲しい、でもとてもあたたかくて、大切な思い出だ。 目を閉じる。あの夏、あの日も今日と同じように、嫌になるようないい天気だった。当時わたしは小学6年生で、隣にはまだ6歳になったばかりの弟、いくが座っていた。 「ハナビ、ハナビ、おおきいハナビ」と唱えながら、まるで犬みたいに、鼻をくんくん鳴らして、両脚をばたばたさせて。――そんないくを見て、わたしは笑いながら、「こら。馬鹿。メイワクだから、やめなさい」とやさしくなだめていたのを憶えている。 ……『笑いながら』。 そう。あの時わたしは、いくと一緒に、確かに、笑っていた。 今思うと、正直、『あの状況で、よく笑っていられたな』と自分自身に関心する。あの頃、わたしは心の中で毎日泣いていて、笑顔を見せる気力なんて、これっぽっちも残っていなかったはずなのに。 それでもああして、その感情を殺して笑っていたのは。――多分自分のためではなくて、当時のわたしなりに、いくの事を守ろうとしていた結果なのだと思う。 いくを傷つけないように、『心の中の暗い気持ち』を悟られないように、頑張っていたのだろう。 いくはまだ小さかった。 でも、わたしだって、まだまだ小さな子どもだった。 それでも必死になって、ちゃんと『おねえちゃん』をしていた当時のわたしを、わたしは素直に褒めてあげたい。 強かったね。偉かったね。と。
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