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「……ねえ、おねえちゃん」 「んー?」 「ハナビって、いったい誰が、どうしてハツメイしたのかなあ」 ひゅるるー、という、細い音。それが止まったと思うと、今度はどん、ぱらぱら、という音と共に、夜空に大きな花が咲く。 いくは、わたしの背中に張りつきながら、おずおずと空を眺めていた。 「……きれいでしょ?」 「……うん。……でも、少し、こわい」 「音が?」 「うん。……あと、大きくて。こわい」 「そうかー……。おねえちゃんは、好きなんだけどなー」 いくは、打ち上げ花火を見てみたい、とずっと言っていたので、喜んでくれるだろうと思っていたのだけれど、これは少し、残念な反応だった。 ……ハナビは、キレイ。でも、少しだけ、こわい。……ただ、言われてみると、その気持ちも、なんとなく分かる気もする。 「……ねえ。ハナビ、どうしてハツメイしたのかな」いくがまた、もごもご言ってくるので、わたしも、「なんでだろうね」とうなずく。 夜空に花を咲かせるなんて、確かにいったい誰が考え出したのだろう、と。 ぱん、と花が咲く。しばらく考えて、わたしは、「多分、昔のどこかの男の人が、花が好きな女の人の為に発明したんじゃないのかな」と言ってみた。 いくは、「なんで?」と首を捻る。 「……ほら、夜は暗いから、花が咲いてても見えないでしょ。それで、夜でも満開の花畑を見られるようにって発明したんじゃないかな。『その女性(ひと)が、笑顔になれますように』って」 「花なんか見て、笑顔になるかなあ」 「きっと、なるよ。わたしも、花大好きだし。うれしいと思う」 どん、と花が咲く。いくが、そろそろ泣きそうな顔になってきたので、わたしはさも今思い出したというように、「……あ、そういえばこれ、預かっていたんだ。ドクターYから」と言って、バッグの中から『あるモノ』を取り出す。 いくはそれを訝しげに眺めていたのだけれど、花火の光の下で、『それ』がはっきりと映り、いくは、ぱっと目を輝かせた。 「これ……変身ベルト?」 先ほど、いくがトイレに行った時、こっそり買っておいたものだ。わたしはうなずいて、いくにそっと手渡してあげる。 セピア色をまとういくを見ながら、わたしは静かに、口を開いた。 「……いく。実はおねえちゃん、しばらくしたら、ドクターYの研究室で、働く事になりそうなんだ。世界平和のために。 ……だから、しばらく家に帰って来れないかもしれないの」 わたしは、重い口調にならないよう、明るく言った。「……だから、その間、いくにはレンジャーとして、ママの事を守ってほしいんだ」 いくは、ベルトをしっかりと握り、「ぼくが、ママを守るの?」と首を傾げている。 「……そ。守るんだよ。いくは、レンジャーに変身するの。 ……名前も、変わるんだよ」 ばん、と花が咲く。わたしはいくをそっと抱きよせて、新しい名字を教えてあげた。いくは納得していないようだったけれど、今はベルトを手に入れた興奮からなのか、「ん、ん」としきりにうなずいていた。 ぼん、と花が咲く。 光に照らされたいくは、とても小さくて、あたたかくて。 それでも、ちゃんと男の子で。いつかきっと、絶対立派なヒーローになってくれる。そう思った。 手の力を強くする。わたしはいくのぬくもりを、全身で受けとめながら、空を仰ぐ。 また、大きな花が咲いた。
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