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・5
「……ねえ、おねえちゃん」
「んー?」
「ハナビって、いったい誰が、どうしてハツメイしたのかなあ」
ひゅるるー、という、細い音。それが止まったと思うと、今度はどん、ぱらぱら、という音と共に、夜空に大きな花が咲く。
いくは、わたしの背中に張りつきながら、おずおずと空を眺めていた。
「……きれいでしょ?」
「……うん。……でも、少し、こわい」
「音が?」
「うん。……あと、大きくて。こわい」
「そうかー……。おねえちゃんは、好きなんだけどなー」
いくは、打ち上げ花火を見てみたい、とずっと言っていたので、喜んでくれるだろうと思っていたのだけれど、これは少し、残念な反応だった。
……ハナビは、キレイ。でも、少しだけ、こわい。……ただ、言われてみると、その気持ちも、なんとなく分かる気もする。
「……ねえ。ハナビ、どうしてハツメイしたのかな」いくがまた、もごもご言ってくるので、わたしも、「なんでだろうね」とうなずく。
夜空に花を咲かせるなんて、確かにいったい誰が考え出したのだろう、と。
ぱん、と花が咲く。しばらく考えて、わたしは、「多分、昔のどこかの男の人が、花が好きな女の人の為に発明したんじゃないのかな」と言ってみた。
いくは、「なんで?」と首を捻る。
「……ほら、夜は暗いから、花が咲いてても見えないでしょ。それで、夜でも満開の花畑を見られるようにって発明したんじゃないかな。『その女性が、笑顔になれますように』って」
「花なんか見て、笑顔になるかなあ」
「きっと、なるよ。わたしも、花大好きだし。うれしいと思う」
どん、と花が咲く。いくが、そろそろ泣きそうな顔になってきたので、わたしはさも今思い出したというように、「……あ、そういえばこれ、預かっていたんだ。ドクターYから」と言って、バッグの中から『あるモノ』を取り出す。
いくはそれを訝しげに眺めていたのだけれど、花火の光の下で、『それ』がはっきりと映り、いくは、ぱっと目を輝かせた。
「これ……変身ベルト?」
先ほど、いくがトイレに行った時、こっそり買っておいたものだ。わたしはうなずいて、いくにそっと手渡してあげる。
セピア色をまとういくを見ながら、わたしは静かに、口を開いた。
「……いく。実はおねえちゃん、しばらくしたら、ドクターYの研究室で、働く事になりそうなんだ。世界平和のために。
……だから、しばらく家に帰って来れないかもしれないの」
わたしは、重い口調にならないよう、明るく言った。「……だから、その間、いくにはレンジャーとして、ママの事を守ってほしいんだ」
いくは、ベルトをしっかりと握り、「ぼくが、ママを守るの?」と首を傾げている。
「……そ。守るんだよ。いくは、レンジャーに変身するの。
……名前も、変わるんだよ」
ばん、と花が咲く。わたしはいくをそっと抱きよせて、新しい名字を教えてあげた。いくは納得していないようだったけれど、今はベルトを手に入れた興奮からなのか、「ん、ん」としきりにうなずいていた。
ぼん、と花が咲く。
光に照らされたいくは、とても小さくて、あたたかくて。
それでも、ちゃんと男の子で。いつかきっと、絶対立派なヒーローになってくれる。そう思った。
手の力を強くする。わたしはいくのぬくもりを、全身で受けとめながら、空を仰ぐ。
また、大きな花が咲いた。
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