第2章 若頭、料理部へ入る

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第2章 若頭、料理部へ入る

翌日からは制服を着てきた。 そして放課後になる。 何となく料理部の場所である家庭科室に行ってみる気になった俺は荷物をカバンに入れていた。 行ってみて、つまらなかったら帰りゃ良いし。 それに…昨日、俺にビラを突きつけて来た上級生に興味が湧いた。 俺の眼光に怯まなかった奴はアイツが初めてだ。 と、昨日のメガネが俺の席の方へ、クルリと振り返った。 席が俺の前なので、お互いに移動する手間が無い。 「自己紹介がまだでしたね。鈴木航と申します。宜しくお願いします」 「ああ。俺は千夜保」 「千夜くんと呼んで良いですか?」 「好きに呼べよ。…鈴木」 「はい?」 「あんた、俺を怖がらないんだな」 「僕は見た目だけで人を判断しないので」 ビラの上級生と言い、鈴木と言い、この学園は変わった奴が多いな。 立ち上がると、鈴木も立ち上がった。 「これから電算室で軽く頭の体操をしてから帰ります。千夜くんは料理部ですね?」 「何故、わかったんだよ?」 「昨日、ビラを見てる時、千夜くんの目が嬉々として輝いていたので」 …よく見てやがる。 俺は挨拶も、そこそこに、鈴木と別れると、家庭科室へ向かった。 家庭科室に入った途端、上級生と見られる男が俺の元にやってきた。 「料理部へ、よーこそー!歓迎するよ、新入生くん」 「…あんた、誰だよ?」 「おっと、自己紹介もせずに失礼!部長の木村だよ。新入生くんは?」 「千夜保」 「千夜くんだねー。料理の経験は?」 「有る」 「なら、早速、腕前を見せてもらおう!カレーライスを作るから、じゃがいもの皮を剥いてもらうよ!」 「ああ」 「呆れられてるぞ、木村」 ビラ男が俺達の方へ来て、木村とか言う部長に声を掛けた。 「あんたは、昨日の…」 「ん?もしかして、知り合い?」 木村部長が、俺とビラ男を交互に見る。 「佐藤吾作だ。宜しくな、保」 下の名前で呼ばれるとは思わなかった。 「ああ。佐藤先輩」 その為か、俺も自然に先輩と呼べた。 「手洗いが終わったら、俺に声を掛けてくれ。同じじゃがいも担当だ」 佐藤先輩から、そう言われた俺は蛇口が並んでる方へ行った。 「佐藤!僕の台詞を取らないで!」 背後から木村部長の抗議の声が聞こえた。 「上手いじゃないか」 じゃが芋みたいな丸いものは、ピーラーより、包丁の方が皮を剥き易いのは、料理の経験上、知っている。 芽は、包丁の角で取れば良い。 佐藤先輩が横で皮を剥きながら俺のことを褒めた。 「こんなの簡単だぜ」 「保は独り暮らしなのか?」 「母親は居ないが、親父を始め、家族は多いぜ」 よもや、極道で組員が多いとは言えず、俺はそう誤魔化した。 佐藤先輩は、疑うそぶりもなく言う。 「つまりは保が母親代わりって事か。幸せものだな、保のご家族は。美味い料理が食べれて」 「美味いかどうか、俺の手料理を食べなくても解るのか?」 「解るさ。手つきが慣れている。安心して任せられるな」 「佐藤先輩も口が上手いな」 「料理が、と言ってくれ」 確かに佐藤先輩の手つきも慣れている。 「そう言う佐藤先輩は、独り暮らしなのか?」 「よく解ったな」 佐藤先輩は自分の手元を見ながら言う。 「さっきの褒め言葉をそのまま返すぜ」 「保には敵わないな。最も時々、木村の両親が経営してるホテルに泊まったりするけどな」 どうやら、木村部長はボンボンらしい。 「木村部長は料理出来るのか?」 「それがシェフを雇っているって言うんだ。何故、料理部の部長になれたかは、付き合いの長い俺でも解らない」 佐藤先輩の横で、もうじき終わりそうなじゃがいもの皮剥きをしながら、俺は、そっと木村部長に目をやる。 時々入ってくる新入生らしき生徒に、俺の時と同じように歓迎している。 まあ、ウザいが、あれはあれでほっとこう。 俺と佐藤先輩の2人だけでも1番に皮剥きが終わった。 屋敷で作る時は1人で料理をしているが、佐藤先輩と話しながら料理をするのも悪くないなと思った。 会食後、皆で後片付けをし、部活は終わった。 外に出ると、空はもう茜色に染まっている。 もうじき、一応俺の彼女の美樹が車で迎えに来る事になっていた。 美樹は、ここから近くの会社に勤めるOLだ。 俺は基本、タイプじゃない女は歯牙にも掛けない。 特に歳下のガキには興味がない。 その点、美樹は暇潰しには、最適な女だった。 今夜は美樹のマンションの部屋に泊まる事は、田中には伝えている。 校門まで来た俺は美樹がくるまでの間、タバコを吸って待とうとした。 「身体に悪いぞ」 後ろから声を掛けられる。 振り返らなくても佐藤先輩だと解った俺は、構わずタバコに火を点けた。 「構わねーよ」 「俺が構う。保には長生きして欲しいからな」 佐藤先輩は俺の横まで来て、そう言うと、俺からタバコを取り上げようとしたのか、手を伸ばしてきた。 俺は反射的にタバコを口から離す。 「何だよ、あんた。意外とお節介だな」 「保にだけは、な」 「何だよ、それ」 意味不明な佐藤先輩の言葉に、俺はそう言ったが、まんざらでもなかった。 何か変わった先輩に俺の好奇心が掻き立てられる。 「明日も来るか?」 「思ってたより、つまらなくなかったからな。でも、毎日どうやってメニュー決めてるんだ?」 「木村の独断と偏見だ。放課後にならないと俺にもメニューは解らない」 つまりは行ってみてのお楽しみなわけか。 まあ、大抵の料理は作れるから、どうでも良いが。 「後、近いうちに新入生歓迎会を開催するって木村が息巻いていたな」 「歓迎会、ねえ」 その時、1台の車が来てクラクションを鳴らした。 車中を見てみると美樹だった。 「誰だ?」 佐藤先輩が何故か声のトーンを低くして言う。 「俺の彼女の美樹。付き合い出して、2週間くらい経つ。そろそろ暇潰しにも飽きてきたから、近いうちに合鍵は返すけどな」 俺はほとんど吸えなかったタバコを地面に落とし、踏みにじって火を消した。 「歓迎会、暇潰ししたかったら来い。後、タバコも、女遊びも、程々にしとけよ」 「わーったよ。じゃあな、先輩」 まだ何か言いたそうな佐藤先輩を残し、俺は車の助手席に座ってドアを閉めた。 担いでいたカバンを後部座席に放り投げる。 運転席の美樹が俺に言う。 「保、暇潰しがどうのって聞こえてきたけど?」 「ああ。部活の歓迎会だと」 「保、部活入ったの?意外ね」 「興味有る先輩がいるからな」 美樹は車を発進させる。 校門にいる佐藤先輩が遠ざかっていく。 バックミラーを見ながら美樹が言った。 「興味あるって先輩、保と喋ってた人?何かずっとこっち見てるんだけど」 「美樹、一目惚れされたんじゃねーのか」 俺は茶化したくなって、そう言った。 「まさか」 美樹は、どこか不機嫌そうに、車のアクセルを踏む力を強めた。
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