第3章 徐々に近づく2人

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第3章 徐々に近づく2人

あれから何日かして俺は美樹と別れた。 美樹は別れたくなさそうだったが、俺は美樹と言う暇潰しに飽きた。 田中に毎日送ってもらうわけにもいかず、バイクで学園まで通ったが、大抵は遅刻するのがしょっちゅうだった。 ただ、部活だけは俺にしては珍しく、ほとんど毎日顔を出してた。 料理なら屋敷でも作れる。 だが、佐藤先輩に確実に会えるのは部活のみ。 俺自身、何故、佐藤先輩にそこまでこだわるのか解らなかった。 ただ、佐藤先輩と同じ工程を担当することが多く、自然と会話する機会は多かった。 そんな新入生歓迎会が近づいている、ある日。 「保。途中まで一緒に帰らないか?」 後片付けが終わったところで、佐藤先輩が俺に声を掛けてきた。 今日もバイクで来たが…途中までだし、引いて歩けば良いか。 「ああ、いーぜ。バイクを持ってくるから先輩は校門で待っていてくれ」 「了解」 佐藤先輩は、そう応えると先に部室を出た。 俺も、バイクを取りに駐輪場へ向かった。 ところが。 「何だよ、これ」 俺のバイクのあちこちに、動物の足跡と思われる肉球の後が点々と付いていた。 「その声は千夜くんですか?」 あらぬ方向から、鈴木の声が聞こえた。 見ると鈴木は1匹の子犬を抱えていた。 どうやら、犯人は子犬で間違いなさそうだ。 「鈴木の犬なら、こんな事させるなよ」 「すみません…」 鈴木は俺に謝ると、子犬を地面に下ろし、ハンカチで、バイクを拭きだした。 「良いって。ハンカチ汚れるぞ」 「でもバイクが汚れたのは、僕のせいですから」 「こんなのティッシュで拭けば良いだろ」 俺は、ポケットティッシュを取り出すと、バイクに付いた肉球の跡を拭き始めた。 それでも、鈴木はハンカチをしまうどころか、肉球の跡を拭き続けている。 2人で肉球の跡を拭いている間、子犬は鈴木に向かって尻尾を振っていた。 「何で子犬なんか連れてきたんだよ?あんたが校則違反するなんて意外だな」 「確かに校則違反をしてますが、僕の犬じゃないです。体育館裏に棲む犬が付いて来たんですよ」 「あんた、犬好きなんだな」 「はい。人付き合いは、どうも苦手で…」 確かに、鈴木が俺以外のクラスメートと話しているのを俺は見た事がない。 「鈴木にとっては、俺も子犬と同じか」 「はい。千夜くんは話しやすいです」 茶化したつもりが、アッサリ肯定された。 何か…調子、狂うぜ。 一通り、バイクを拭き終わった時だった。 「どうした?保」 待ちかねたのか、佐藤先輩がやって来た。 「悪いな、先輩。コイツの犬が悪さしてよ」 俺は鈴木を指して言った。 「鈴木と言います。初めまして」 「佐藤吾作だ。保と同じ部に所属している。よろしく」 何故か険しい表情で、佐藤先輩は鈴木を見ている。 「鈴木。もういいぜ。大分、汚れも落ちたしよ」 「はい。あの…お2人は一緒に帰るんですか?」 「ああ。何だったら鈴木も途中まで一緒に帰るか?」 「いえ、遠慮しておきます。この子にエサをやらないと」 校則違反とは、このことだったのか。 佐藤先輩は鈴木を咎めることもせず、俺に向かって言った。 「じゃあ、帰るか?」 「ああ。じゃあな、鈴木」 綺麗になったバイクを引きながら、佐藤先輩と歩き始めた時だった。 「千夜くん、あの…」 後ろからの鈴木の声に、俺と先輩は振り返った。 「何だよ?」 「いえ、何でもありません」 鈴木は、そう言うと、子犬を抱えて去っていった。 何だったんだ? 俺の疑問符は、佐藤先輩の声にかき消された。 「そう言えば、例の彼女とは別れたのか?」 「あ?ああ。もうじき新しい暇潰しが出来るんだろ?」 「新入生歓迎会のことか。今年は、保。お前だけだ」 俺は、この時、気付かなかった。 何か言いかけた鈴木を、佐藤先輩がどんな表情で射抜いていたかを。 その日を境に、俺はバイクを引きながら、佐藤先輩と途中まで一緒に帰るようになった。 先輩は俺に色々話してくれた。 卒業したらアメリカに留学すること。 早くに両親を亡くして、しがないアパートに住んでること。 おかげで、自然と料理をするようになり、木村部長と仲良くなったこと。 俺は徐々に先輩と話すのが楽しくなってきた。 段々、佐藤先輩と下校する道のりが、短く感じ始めた。 ある日の放課後。 いつものように荷物をカバンに入れていた俺に、鈴木が振り返って言った。 「最近、佐藤先輩と仲良いんですね」 「まあな」 「僕…あまり好きにはなれません」 「そういや、人付き合いが苦手だとか言ってたもんな」 「それもありますが…あの人、何か危険な感じがします。千夜くんも、気を付けて下さい」 鈴木の忠告に俺は大切なものを傷付けられた気がした。 「犬としか、まともに付き合えないあんたに何が解るんだよ」 俺自身も内心驚くほど、俺の声のトーンが下がる。 シュンとなった鈴木を尻目に俺はサッサと部室に向かった。 それきり鈴木が佐藤先輩の事を話題に上げる事はなかった。 俺も直ぐに再び鈴木と普通に接するようになった。 時々、2人で体育館裏に行き、俺はタバコを吸い、鈴木は子犬にエサをやる事もあった。
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