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「あれ、おかしいな。この辺りだと思うんだけど……」
7月上旬の水曜日、まだ日の沈まない夕暮れ。梅雨明け宣言は出されていないものの、既に太陽は空の主役となり、雨雲は久しくその姿を見せていない。
都内のメトロ駅の地上出口を出て、20代で栄える繁華街の大通りを一本外れた。スマホの地図を見ながら、チェーンのカレー屋やカラオケ店を通り過ぎ、目的地のビルを探す。
「すみません、この近くだと思うんですけど」
振り返って挨拶すると、後ろを付いてきている依頼人の彼女は「いえいえ」と小さく首を振る。あまりこの辺りに明るくないということで、俺が店まで案内することになった。
「んっと……あ、ここだ」
着いたのは口コミサイトでも割と評判の高かった肉バル。建物の位置は合っていたが、入り口は反対側だった。
比較的ゆったりしたエレベーターを3階まで昇ると、袖口にスリットのある七分丈、2列のワインカラー色のボタンの付いたコックシャツを着た女性スタッフが出迎えてくれる。
「いらっしゃいませ。ご予約でしょうか」
「あ、はい。天沢って名前で……」
「3名様でご予約ですね、お待ちしておりました」
颯爽と歩く彼女について、肉バルの店内を進んでいく。ワインカラーで揃えたスカーフとハンチング帽がおしゃれで可愛い。
店内は黒を基調とした壁に、明るいウッドカラーのテーブルがゆったりとした間隔で並んでいる。
店内に流れるサックスジャズも相俟って高級感も感じられるものの、100名は入れそうなフロアの造りや若いスタッフの雰囲気はどこか居酒屋っぽさもあり、俺のような若手サラリーマンがスーツのグループで来てもそんなに問題なさそうな内観だった。
今度飲み会で使ってみるかな、と思っていると、窓際の4人用木製テーブルについて、やや小ぶりのジョッキをグッと飲んでいる、待ち合わせ相手の声が響く。
「やほー、久登君、こっちこっち! 場所すぐ分かった?」
「いや、結構迷ったよ、理香さん」
少しテンションの高そうな相手に、後ろの彼女は動揺している。俺、進藤久登は、「こっちにどうぞ」と席へ促した。
「えっと、この方は……?」
4人席、俺の向かいに座った、黒髪ショートの依頼人。155cmくらいのやや小柄な彼女が、俺の隣のジョッキ女子に視線を合わせる。
「ああ、ごめんなさい。天沢理香さん、彼女が謎を解く探偵なんです」
「えええっ!」
思わず大きな声を出す依頼人に、理香さんは「あっはっは、そうだよねえ、驚くよね!」と豪快に笑いつつ、立って挨拶した。
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