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彼女のあまりの見た目の豹変ぶりに、安城は急に酔いが回ったかのようにやんわりと頬を染め、ジッと彼女を見ている。
それはそうだろう。ほぼ何も話さずに、酔いのせいか潤んだ瞳でテーブルの一点を見つめながらジッと考え事をする探偵、天沢理香。
気のいい呑み助なアネゴの雰囲気は雲散霧消し、ミディアムヘアの似合う静かな美女に早変わりしたのだから。俺だって未だに慣れずに、まじまじと顔を見ると緊張したりする。
「あの、進藤さん、これって……」
「理香さん、推理するときはこうなるんです。静かに見守ってあげてください。あ、お酒もし良かったら適当に頼んで――」
「あ、久登君、ワタシが頼むから一緒に飲みましょ」
ちゃんと話は聞こえてるらしい。あるいは酒の話だけは聞き取れるのか。
すぐさま新たに1合ずつ4つの片口が置かれ、ラベルを見ながら飲んでいく。甘口、辛口、酸味強め、微発泡のものと種類の違うものをしっかり頼んでいるあたり、さすが理香さん。
「やっぱり季節のお酒は美味しいわね」
声のトーンもさっきより落ち着いたものになり、知らない人が見たら別人が座っているかと勘違いするかもしれない。吸い込むようにキューッと飲んでから「ふう……」と熱のある息を吐き、また肘をついて推理を始めた。
日本酒を一口ずつ盃に入れて飲んでいきながら思索に耽る。時折、両肘をついて突っ伏すような体勢になるので、酔い潰れてしまったのかと安城は不安になるようだが、このくらいで眠くなるような理香さんではない。きっと考えあぐねて小休止しているのだろう。
「……ってことは、これはありえないから……」
座り直して、独り言。そこから数分、右手だけはお酒を注いだり盃を持ったり前髪を右に払ったりしているが、それ以外は時間を止めているかのようにほとんど動かない。
作家が小説に悩むときは、はたまたメーカーが新商品の名前を考えるときは、こんな感じなんだろうか。
やることもないので、俺も真似して考えてみる。
「…………箸置き………………」
しかし、想像のアンテナを広げても何も浮かんでこなかった。あまりにも西畑の行動が不可解すぎる。
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