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「可杯は、高知のお座敷遊びで使われる盃なの。お土産屋とかにも売ってるわ」
アンテナショップで買ったのよ、と彼女は天狗のいかつい顔を撫でる。
「ひょっとこは穴が開いてるし、天狗は鼻が伸びてて不安定、おかめは顔を下につけちゃダメ。全部、お酒を注がれたら空にしないと置けないのよ。
漢文で『可』の文字を習ったの覚えてる? あれ、『可』の下に漢字を入れて、『何々すべし』って使うのよね。文末にあの文字を書くことがないの」
急に脱線したのかと思ったものの、はたと気が付き、指を弾いて鳴らした。
「そっか、『下に置けない』ってことですね」
「あっ、なるほど! 進藤さん、冴えてますね!」
「久登君、さすがね。ワタシの助手だけあるわ」
「だからいつから助手になったんですか」
手を叩いていたずらっぽく笑いながら、彼女はおかめの器に少しだけお酒を入れ、作った味噌汁の味見でもするようにシュッと啜った。
「天沢さん、なんでこれに気付いたんですか?」
「西畑君が高知県出身かもしれないと思ったから。そこからこの器のことを思い出したのよ」
そもそもどうして西畑が高知出身だと思ったのか、という俺達の問いは彼女も理解しているようで、先回りしてテーブルの上にある皿を指している。
「これもヒントの1つね」
「川海老……ですか?」
「そう。安城君が言ってたでしょ? 西畑君が西出身で川海老好きだったって。高知の四万十川で有名なのよ、川海老って。海老のハサミが体長を超えるくらい長いから『手長エビ』とも呼ばれてるわ」
そういうことか、地元のものが好物ってのはよくある話だからな。
「でも理香さん、川海老って全国にいますよね? それだけじゃ限定しにくいんじゃないですか?」
「そうね。でもそこで、もう一つの西畑君の話が参考になったの。『地元は相当暑い方だからさ』って話」
「……あっ、四万十! 確か、昔日本記録かなんか持ってましたよね」
「そう、最高気温41℃とかだったかしら」
川海老と暑さ、しかも西側。ここまでピースが集まれば、パズルを組み立てるのも難しくないかもしれない。
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