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「もう、理香さん、早く教えてよ!」
「いや、自分で気付くかなあと思って泳がせたのよ」
「今朝から気付いてなかったのにどういうタイミングで気付くんですか」
「例えばほら、お酒をYシャツ全体にバシャッと零しちゃってさ、胸元を拭くときに『あ、糸出てるじゃん』とか」
「どうしても俺をおっちょこちょいにしたいんですね」
俺達の会話を聞いていた雨宮さんが、小さく吹き出す。
「ふふっ、なんか姉弟みたいですね。ハサミ、使いますか?」
そう言いながら彼女は何かを探すようにポケットのない胸元とジャケットの脇ポケットを手早く叩いて探った後、「こっちか」とバッグからソーイングセットを取り出した。
「常に持ち歩いてるなんてさすがね!」
「いえいえ、私もよくボタン取れたりして、頻回に使うので」
そう謙遜しながらずいっと体を前に出し、小さなハサミでパチンと切ってくれた。柑橘のような香りが鼻にふわりと遊びに来る。
「そうそう、改めて挨拶だよ! 悠乃さん、今日は来てくれてありがとね!」
礼儀正しく一礼した後、既にやや赤ら顔になっている理香さんは、さっきお替りしたはずのジョッキをまた飲み干し、スタッフに追加を頼んだ。俺達2人の飲み物と一緒に持ってきてくれるらしい。
「しかもこっちが指定したお店までわざわざ足運んでもらって」
「とんでもないです。勤務地から割と近かったので」
「あれ、この近くに病院あったっけ?」
「電車で2駅ですけ……ど……」
そこで雨宮さんの言葉が途切れる。俺もすぐに、その違和感に気付いた。
「え、なんで仕事、え?」
「あれ、看護師で合ってますよね?」
理香さんのマジックのような推理に、彼女は驚嘆の表情を浮かべながら首を縦に振った。
時折彼女はこうして、相手のことをズバズバと言い当ててしまう。
それも、酒を飲んでいるときに限って。
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